包囲網
「逃げ切ったか?」
ガラガラ、ガタガタといまにも分解しそうな勢いで荷馬車の車輪が回る。
セオが後方を確認しようとして肩越しに振り返るが、荷馬車の幌が邪魔をしてほとんど視界がない。わずかに開いてあった垂れ幕の隙間からは自分たちがもうもうと巻き上げる土ぼこりが見えるだけだった。
幾度目かになる伏兵の襲撃を勢いだけで振り切っていく。
足を止めて戦ってはいけない。一点突破あるのみだ。
(まだまだ待ち構えておるようだ。この先はそう簡単にはいかぬぞ)
「んなことはわかってるよっ。痛っ、舌噛んじまったじゃないか。策がないなら黙ってろ!」
(策ならある)
「へっ、おおかた俺を受け入れろとかいうんだろ?その案は死んでもナシだっていってんだろ」
(吾を魂に受け入れれば、汝にかけられた不運の制約も解かれよう)
「聞き飽きたっての。それで自分が無くなっちまったら人間生きている意味がねぇんだよっと」
ガタン、と地面に埋まった大きな石の頭を乗り越える。
(ふっ、頑固者め。だがそこが面白い。せいぜい吾を楽しませるがよい)
グラニは疲れを見せるどころかますます速度を上げていく。
このままでは車輪が壊れるか荷馬車ごと転倒するかのどちらかだ。
やがて前方に二十名ほどの兵士が見えてきた。
街道を横切るように並んで立ちふさがり、手には槍を構えている。囲い込むように左右にも兵士を展開していた。
「ちぃっ、いよいよ本格的になってきたな」
ちらりとグラニに視線を向けると、怯むどころか頭を下げてさらに速度を上げる勢いだ。
俺は口の中で小さく誓句をつぶやき魔法を解き放つ。
「土に宿りし精霊に請願す。翼を纏わぬ我が乗輿に風の加護を賜らん」
目に見えない光が荷馬車を覆い、車輪がわずかに地面から浮き上がる。空気のクッションを得た荷馬車は地面の凹凸を拾わずに滑らかに疾走した。
負荷が減って勢いを増したグラニが灰色の弾頭と化して兵士の列に突進する。
「と、止まれぇ、うわぁ」
腰だめに構えた槍の穂先はグラニの皮膚を貫けずに弾かれあるいは折れて、並んだ兵士が路傍の小石のように跳ね飛ばされる。
「すまんね。先を急ぐんだ」
俺は唖然と見送る兵士たちを振り向いて人死にが出ていないことを確かめ、勢いのままに逃げ去った。
(武器を向けた相手に優しいことだな)
「俺は臆病者なんだ。俺が捕まったときに相手に死人が出ていたらこっちもただじゃすまないだろ?」
(ふん、そのときは蹴散らしてやればよい)
「それが出来ないから気を配るんだよ。破壊の神様は苦労知らずだから単純な対応しか思いつかないのさ」
(言うてくれる。だが確かに新鮮な経験ではあるな)
立ちふさがる兵士を弾き飛ばして溜飲が下がったのか、グラニも少し落ち着きを取り戻して駈足程度に速度を落としている。風の加護はとっくに切れているので荷馬車は相変わらず分解しかねない勢いでぐらついているが、ひとまず難局は乗り切ったようだった。
「さて、先を急ぐとは言ったものの、どうしたものか」
いつまでも強行突破という手が通用するとは思えない。
見つめる先には暗雲が立ち込めていた。
◇◆◇
「強行突破されたか」
「はい、馬車ごと尋常ではない勢いで疾駆してそのまま突っ込んできたようです。槍も役に立たず、弾き飛ばされたと」
「うむ、何らかの邪術を使ったようだが、しかし妙だな。こちらを攻撃してこなかったのはなぜだ?」
「槍が効かなかったとはいえ、囲まれれば勝ち目はないと判断したのでしょう」
「だが邪術を使うならそもそも正面から突入せずに遠距離から仕掛けてきそうなものだが……力をセーブしているのか?他のたくらみを隠している可能性があるな」
「いかがいたします?」
「平原で迎え撃つ方針は変わらぬ。突破されぬようさらに壁を厚くする。北側の村に配置した兵を押し上げて最終ラインを形成する」
「それでは後詰めの兵力が不足しますが」
「相手が荷馬車一台であることは確認できた。ここで仕留める」
「了解しました。伝令を手配します」
士官が手早く命令書を作成し、天幕の入り口に控えていた兵卒に渡す。兵卒はそれを受け取ると踵を合わせて敬礼し足早に外へと向かった。
「じきに日が暮れる。邪術使い相手に夜の戦闘は不利だ。数の有利も活かしづらい。このまま警戒ラインを固めて明朝に仕掛けるか。しかし邪術使いめ。どんな手を隠しているのか……」
カーヴィ元将軍はテーブルの上の地図を睨みつけて思案を続けた。
◇◆◇
セオは平原に点在する灌木の茂みのひとつに身をひそめて冷たい食事をとっていた。水場はあったが火を使うと見つかるリスクが高いため、口にできる飲み物は朝方に調達した分だけだ。
「長期の潜伏は無理だな。やはり包囲陣形の裏に出てできるだけ速く郡境を越え勢力圏から抜けるしかないか」
覆いをかけたランプで手元だけを照らして地図を確認しながらつぶやく。
独り言が多いのは孤独な行商の旅で身に着いてしまった癖だ。
川の上流である北西方面には別の街道があり、カナヴァール州の中心部に向かうことができる。だがそのルートはニアたちが向かった方向だろう。せっかく陽動したのに同じ方角を目指しては意味がない。
「うーん、悩むなぁ。やっぱりほどほどのところで捕まってみるかあ」
取引材料が何もないところが悩ましい。でもまあ、捕まってもすぐに処刑されるわけではないだろうし、異端審問官にさえ捕まらなければ隙を見て逃げ出すこともできるだろう。
(楽観的だな)
「んー、なんていうかな。運が悪いなりにここまでやって来れたからな。考えすぎるよりその場しのぎで行くほうが何とかなるんじゃないかなって」
最初の頃は悩んだが、結局のところ生き残れるかどうかは運次第だと分からされた。悪運も運のうち。誰かが言っていた言葉が、今じゃ俺の座右の銘のようになっている。
(ふ、その混沌寄りの思想は吾の好むところだ)
「おまえに気に入られても嬉しくないけどな」
そう呟くとセオは明かりを消して寝袋に潜り込んだ。




