決別
気が付くとそこは荷馬車を待機させていた場所だった。
リーが嬉しそうに尻尾を振りながらニアを出迎える。
「戻ってきたのね……。ただいま、リー」
木立もまばらな明るい林の中で、枯葉の積もった広場になっている。ダエナが導いてくれる森の中の広場に雰囲気が似ているが、神秘的な空気はなくそっけない感じがする空き地だった。
「来たときと雰囲気が違いますね。神様が去られたからでしょうか」
ルーナも空気の違いに戸惑って周囲を見回している。
「グラニ、ダエナはどうした?」
グラニが草を食む顔を上げてちらりと視線を送ったあと尻尾を左右に一回振ってまた食事に戻る。
「……そうか、ダエナは帰ったか」
「帰ったって、どういうこと?ダエナの家を知っているの?」
俺のつぶやきを拾ってニアが問い詰めてくる。
「ん、まあ、本人に聞いても詳しいことは教えてくれないんだが、ダエナはいつでも好きな時に家に帰れるらしい」
「じゃあ、迷子っていうのはうそ?」
「そういってやるな。彼女はたぶんニアのことを心配して出て来たんだと思うぞ」
「どういうこと?」
「あの子はなんていうか、守護聖霊みたいなものなんだよ。本人に聞いても教えてはくれないんだけどな」
「ダエナとは以前にも逢ったことがあるのですか?」
「そうだな、たぶん逢ったことがあるんだと思う。そのたびごとに印象の違う格好をしているから本人なのか使いなのか、はたまた何人も姉妹がいるのか判断に迷うところだが」
「姫神様の御使い……。きっとそうね」
カギの王に出会ったばかりだったからか、そんな突拍子のない話も素直に信じられる心持ちだったようで、ニアは何となく納得した表情になった。
「さて、ダエナが去った以上、森での野宿は危険だ。早めに今日の宿を探すぞ」
「……わかりました」
ルーナは思案気な顔のまま、ニアの身支度を整えるとクリステルにまたがった。
リーの案内で森を出て、田舎道を少し行くと五軒ほどの民家が寄り添った小さな村にたどり着いた。
「今日はここに宿を頼もう」
民家のひとつに泊めてもらい、幾ばくかの路銀を支払って食事を用意してもらう。
ダエナがいないのが寂しいのか、ニアは口数も少なく大人しいまま夕食を終えた。
就寝前に作戦会議を開く。
「村人に聞き込みをしたところ、どうやらこの先の街道筋で検問を張っているらしい。女子供を連れた行商人を探しているそうだ。話をしてくれた村人も俺のことをじろじろと見ていたから、すぐに検問を張っている連中には俺たちの居場所が知れてしまうだろう」
「どうするの?」
「俺たちを探している連中はモルヴァーン郡の元郡兵らしい。領主が交代して正規兵ではなくなったらしいがこの辺りの人々からは慕われているそうだから、指導者はそれなりに優れた人物なのだろう。とはいえ、どういう理由で俺たちを探しているのかわからないから避けるに越したことはないな」
「ではどうしますか?」
「正規軍でないなら連中もそれほど検問に人数を割けまい。包囲網が閉じきる前に隙間を見つけて突破できれば逃げ切れる可能性は高いと思う」
そういいながら俺はこのあたりの地図に聞き込みの結果判明している検問の位置をなぞる。
「こちらは馬車だからどうしてもちゃんとした道を行く必要がある。だから連中もそういった道の要所に検問を置いているようだ」
こうして指でたどるともうほとんど包囲網が完成していることがうかがえる。あえて包囲が薄くなっているほうは罠の可能性が高い。逆に言えば、罠を張っている方向とは逆の、検問の間隔が狭くなっているところの裏側に出られればそのまま逃げ切れる可能性が高い。
「ここは地図上では森になっているが人手の入った果樹園のようなものらしい。うまく道を選べば荷馬車でも通過できる可能性がある」
「……可能性、ですか」
「いざとなれば荷馬車は捨てるさ。本当に値打ちのある物なんて積んでいないからな」
そういって俺は苦笑を浮かべる。
「無事に母様のところにたどり着けたら立派な馬車を用意してあげるわ」
「ははは、お貴族様の使うような馬車じゃ行商には向かないが、まあ楽しみにしておくよ」
「まかせなさい!」
ようやくニアにも調子が戻ってきたようだ。だが、ルーナは相変わらず口数が少なく、考え込むような表情を見せていた。
明日、夜明け過ぎに出発することにしてその日は寝床に就いた。
翌朝、夜明け少し前に起きるとクリステルをつないでいた厩はもぬけの殻だった。




