カギの王
「いまのは幻影だったのかしら……。あんなに大きな竜が天井を通り抜けられるわけないし」
「……ええ、そうですね」
ルーナが主であるニアの言葉にも上の空で生返事を返す。視線を感じてルーナを見ると、彼女は思わし気に俺をじっと見つめていた。が、俺の視線に気づくとすぐに目をそらした。
「見て、壇上に何かいるわ」
王の間に入ったときに大トカゲに組み敷かれていた人影が今は獅子の姿に変化していた。竜に組み敷かれて胴体と後脚から血を流している。
ニアは怖がる様子もなく獅子に駆け寄って傷口をいたわるように手を添える。
「いま治療してあげるわ」
明らかに通常の生き物ではない存在に治癒の魔法が効くのかどうかわからないが、ニアはそんなことにはお構いなしに詠唱を口ずさむ。
やわらかい光が獅子を覆い、傷口が見る見るうちにふさがっていく。それと同時につやを失っていた毛並みも生気を取り戻し、金色に輝きを放ち始める。
『心優しき娘よ。汝が注ぎし慈愛のおかげで我は再び力を取り戻すことができた。感謝する』
心に直接響くような深い声が聞こえる。
「あなたはカギの王様ですか?」
『いかにも。我は扉を司る神にして過去と未来をつなぐもの。刻の吹き溜まりに忘れ去られし縁を記録するものなり』
「この小箱のカギを探しているの。母様がずいぶん昔に失くして中に何が入っているかわからないんです」
ニアが獅子の前にいつも大事に持ち歩いている小箱を捧げ持つ。
獅子は人よりも上位の存在を感じさせる知性のこもった眼でニアを見た。
『汝が心より求めるものならば、縁は必ずや汝のもとに帰するであろう。どれ……』
獅子が小箱を見つめて目を細めた。
『うむ。娘よ。この小箱のカギは失われておらぬ』
「えっ?でも母様はどこにあるかわからないって……」
『小箱のカギは元の持ち主の手にある。その者はいまだに健勝である。ゆえにカギは失われておらぬ』
「じゃあ、私はカギを手に入れられないの?」
『いかにも。持ち主が見失っておらぬがゆえに。持ち主が生存しているがゆえに』
「そう……ですか」
肩を落とすニアに獅子が優しく語り掛ける。
『再度告げよう。汝が心より求めるものならば、縁は必ずや汝のもとに帰すると。カギは失われておらぬがゆえに、刻の導きによりカギと扉は必ず出会うであろう。そのときを待つが良い』
「この小箱を持ち続けていれば、いつか必ずカギの持ち主と巡り合える、そういうことですね」
獅子が深い知性を秘めた眼差しでゆっくりとうなずく。
「わかりました。そのときまで、私はこの小箱を大事に守っていきます」
『行くがよい、娘よ』
「はい」
ニアが晴れ晴れとした笑顔で答える。
獅子はニアの後方に控えるルーナに視線を送る。
「ともに行くがよい、守り手よ。汝の運命はしばしこの娘とともにあろう」
ルーナはますます黄金の光を強くする獅子の神々しさに打たれて自然と片膝をついて首を垂れる。
「はい」
獅子が俺に目線を送る。何か眩しいものを見るように目を細めている。
『強き者よ。そなたの猛る力が我を囚われの牢獄から解き放つこととなった。感謝する。そなたの行く末は卑小なる我にはうかがい知ることはできぬ。願わくば我が未来とともにあらんことを』
「それってどういう?」
『汝の運命は汝の手にあらず。而して汝の行いが運命を決めていくであろう。心せよ』
運命、か。まあ運と名の付くものとは良好な関係とはいかないが、いままでだってそれなりに折り合いをつけてやっていってる。俺のスタンスは変わらない。
「まあ、俺が背負えるものは小さいが、やれるだけのことはやるつもりだ」
獅子が再び重々しく首肯する。
全身から発する黄金の光がますます眩しくなっていく。その間も獅子はゆっくりと歩みを進めていき、壇上の玉座にあたる位置に横ざまに立ちふさがると、四肢をしっかりと踏みしめる。見とれるようにして立ち尽くすルーナがつぶやく。
「光輪を背負った黄金の獅子……王権の象徴……」
『行くがよい、人の子らよ。未来へ……』
いつしか獅子の姿は光の中に埋もれ、視界いっぱいに立つ巨大な扉がゆっくりと開いていく。
扉からあふれる光の奔流が俺たちの意識を押し流していった。




