夢の中で
腰の鞘からショートソードを抜刀する。
なんの変哲もない鉄製の武器だが、手に馴染んでいて手入れも十分にされている。
一撃の攻撃力は小さいが、運に左右されずにそこそこのダメージを叩き出すこいつは、『不運』スキルの常時発動が足枷になる俺には使い勝手のいい武器だ。
脈動する肉塊に歩み寄る。
魔法陣の中に立ち入っても動きに変化はない。
「ぶっ叩いたら悪神が目を覚ます、とかは無しにしてくれよ」
地面に張った太い血管状の根っこに、振り上げたショートソードを叩きこむ。
「せいッ」
ぶつっ
ブシャァァ。シュウゥゥゥ。
千切れた血管から赤黒い体液が吹き出す。
床に飛び散った体液からはすえた臭いのする煙が上がる。
微々たるものだが、とりあえずダメージは入るようだ。あとは反撃されずにどこまでやれるかだ。
一本、二本、三本……
「!」
シャッ
いくつかぶった切ったところで、血管が蛇のように鎌首をもたげて襲い掛かってきた。
どこに目が付いているのかわからないが、真っ直ぐに鳩尾をめがけて突きを繰り出してくる。
「おっ、わっ、くっ」
切り割いた血管だけでなく、どこからか複数の触手状の血管が飛んでくる。的確に急所を狙ってくる攻撃に防戦するだけで手一杯だ。
バシィッ
「畜生」
喉を狙ってきた触手状の血管を避けようとして、ガードした左手をつかまれた。
急いで右手のショートソードで血管を切り離す。
本体から切り離された血管はビクンビクンと痙攣したあと力を失ってずるりと床に落ちる。
血管が巻き付いていた部分は皮膚が赤黒く変色している。
力が入らない。
どうやら左手の握力を持っていかれたようだ。
このまま右手もやられたら、ショートソードを振ることもできずに肉塊の餌食だ。
「ちっ」
次々に色々な方向から伸びてくる血管を武器で叩き落とし、あるいは切り捨てる。
「ジリ貧だな、こりゃ。持久戦になったら俺のほうが終わるぞ」
何度か足首も取られたが、その際に体力をごっそり持っていかれたようだ。痛みは少ないがスタミナが奪われている。
「なにかないか、打開策は……あれは?」
目の端に魔法陣の赤黒い光とは別の色の輝きが映る。
青黒く冷たい光を放っているのはここまで来た目的たる魔剣だった。
瘡蓋のような汚れに覆われており、ひび割れから光が漏れ出している。
魔剣であればヒットしたときの最低ダメージはショートソードより上だろう。運が良ければ命中率にプラス補正が掛かる魔剣かもしれない。
目を狙ってきた触手をしゃがんで回避し、そのまま前方に体を弾き出すようにダッシュ、肉塊の背後に回る。
だがそう甘くはなかった。
あと一歩というところで触手に足元をすくわれる。
「うがっ」
右くるぶしを取られて転倒したところに背後から巻き付かれてしまった。
「うぐぐぐ」
じわじわと胴体を締め付けながら首に巻きついた触手が息をさせてくれない。
左手も二の腕まで絡みつかれて、服の上からじゅくじゅくと血を吸われている感触がある。 必死で右手を伸ばすが、魔剣にはあと一歩で届かない。
『フハハハハ。どうしたことだ、これは。無限に力が湧いてくるぞ。こいつは拾い物だ。きさまを食い尽くして、我はさらなる高みへ昇ろうぞ』
うがあああ
首を絞められ声も出ない状態で、無言の雄叫びを上げる。
ここまでか?
こんなところで終わるのか?
嫌だ。
俺はまだ何も成し遂げちゃいない。
もっと使えるスキルがあれば。もっと力があれば。
欲しい。力が。
何者をも凌駕する力が。
力が欲しい。
すべてを蹂躙する暴力が。
力が欲しいか。
世界を断絶する刃が
欲しい……何物にも屈しない力が、すべてを守る力が、運命を超克する力が。
運命に逆らうことはできぬ。運命は世界を従える力であるがゆえに。
だがそれほどまでに欲深い貴様の魂が気に入った。
酸欠ですでに目は眩んで見えない。
だが、伸ばした右手のひらが強烈に何かに引っ張られるのを感じる。
ズズズ、ガシャン
右手に大剣の柄の感触がある。
見えない目にさえ、魔剣が放つ禍々しい青黒い光が感じられる。
最後の力を振り絞って柄を握る。
体の奥から何かがずるりと引き出される感覚があった。
魂の半分を持っていかれるような喪失感。
触手に血液と体力を奪われ、魔剣に魂の半分を奪われ、俺は体を起こす力も残っていなかった。
気が付くと、半分になった魂がふわりと頭上に浮かび上がり自分を背後から見下ろしていた。
俺じゃない俺がいつの間にか立ち上がり、うなだれた姿勢のままで右手の大剣を軽々と掲げているのが見える。
ゆっくりと肉塊へ歩を進める俺の足元から血管の触手が逃げるようにのたうち回る。
『ヒィ、何だきさまは。きさま、本当に人間か?』
肉塊に近づいた俺は左手を前に突き出す。
(吾が器に手を出したことを後悔するがいい)
押し付けた手のひらが焼きごてのように肉塊の表面を焦がす。
『ギィィヤァァァ』
それは肉塊の焼ける音か、それとも喉から絞り出された悲鳴か。
千切れた血管の触手が収縮し悶えるようにねじれ痙攣するように暴れのたうつ。
(見せてやろう、我が絶佳の力の一端を)
俺の体は俺の意志ではない何かに操られ、そのまま左手を右手に添える。
『やめろ、きさま。やめ、やめて、やめてくださいィィ』
大上段から振り下ろされた大剣は、空気を切るように一切の抵抗を感じさせずに肉塊を両断する。
『ヒギャァァ』
一刀両断にされた肉塊は沸騰する体液をこぼし、煙を上げて小さくなっていく。
やがて一片の欠片も残さず消失した。
気が付くと俺の魂は満身創痍の体に戻っており、右手に大剣を下げて立っていた。
床の魔法陣は光を失って薄闇の中で判別もつかない。
右手の大剣の表面を覆う瘡蓋のような汚れがぽろぽろとこぼれ落ちてく。
汚れの下から現れたのは清冽な輝きを放つ白磁のごとき刀身に蒼天を思わせるエナメル質の青の紋様が浮かぶ大剣だった。
再び意識が遠のいていく。
ぐわんぐわんと耳鳴りがして、世界がぐるぐると回り、上下の判別がつかなくなる。
強烈なめまいに倒れるかと思った次の瞬間、王の間の光景が戻ってきた。
――いまのはいったい……
五年前のあの日。
人生がひっくり返った運命の日を再現していたようだ。
が、結末だけが微妙に違和感があった。
あのとき、俺はこの魔剣に宿る悪神と魂の半分を共有し、そして魔剣の悪神の血肉たる肉塊を消滅させた。
だが、今の記憶再現では別の存在が肉塊に成り代わっていたようだ。
そしてその肉塊を魔剣の本体たる悪神が切り捨てたように見えた。
悪神に分類される存在だからといって必ずしも仲間というわけではない。むしろ悪神同士、常に上位者の寝首を掻こうと虎視眈々と狙っている節がある。
『きさま、きさまはいったいあのお方の何なのだ?グッ、体が、体が崩れる……』
壇上のドラゴンは無数の傷を負い、体中から赤黒い体液をこぼしていた。
裂けた翼を無様に羽ばたかせて飛び立つ。
『おのれぇ。おのれぇっ。たとえあの方の眷属であろうとも許さぬ。必ずや報いを受けさせてやろうぞ!』
怨嗟の声を上げながらドラゴンは天井の闇へと姿を消していった。




