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単独行


「セオ、おまえは追放だっ!」

 ダンジョン最下層に広がる空洞に苛立ちをぶつけるようなセリフが木霊する。


 ――この場面は知っている。

 何度も見た悪夢だ。

 寝苦しい夏の夜に、まつ毛まで凍る極寒の野営の床に、ときには暖かい藁のベッドで毛布にくるまって眠る夜にさえ。あの日から幾度となく見た夢。

 そうだ、仲間から見捨てられたあの瞬間は夢ではない。事実だ。そして、名誉挽回をと悪あがきを続ける俺は一度宿に戻って装備を補充してから単独でダンジョンへと向かったんだ――


「ふう。なんとかここまで来れたな」

 二日前にパーティのみんなと分かれたダンジョン最下層でつぶやく。

期待はしていたがここまで魔物の一体にも遭遇しないとは、ちょっと出来過ぎていて尻のあたりがムズムズする。


 俺の『不運』は常時発動パッシブスキルだが、無作為に不幸を呼び寄せるというスキルではなかった。だが、分かれ道を選んだり、宝箱を開けたりといった確率が結果を左右する行動を取ったとき無類の効力を発揮する。

 必ずハズレを引くのだ。

 だから俺が選んだ道は常に待ち伏せや罠が満載で、一歩ずつ慎重に確認しながら進まなければならない。俺が選んだ宝箱は空っぽだったり低級なゴミアイテムだったりする。しかも罠付きで。

 命中判定が付く弓矢のような武器はもってのほかだ。百発撃っても百発外れる。通常の近接武器だって正確に扱う必要がある。一か八かは、必ずハズレが出るということだ。

 今回の道中で魔物にエンカウントしなかった理由は、前日の遠征で通路に残る敵をすべて倒しきっていたからだ。時間が経てば魔物はどこからと来なく集まってくるのだが、さすがに二、三日でどうにかなるものではない。だからきちんと全滅させておけば、しばらくは魔物と遭遇することはなくなる。確率がゼロなら俺の『不運』スキルも大人しくしている。


 戦闘が無かったとはいえ、狭くアップダウンの多いダンジョンをできるだけ急いで来たから体力はかなり消耗している。もともと一回目のダンジョン攻略時の疲労を抱えたまま来ているのだから当然だ。

 それでも。と俺は自分を叱咤する。

 踏ん張れ。仲間の信頼を取り戻すために、今できることはこれしかないのだから。


「確か床が崩落したのはこのあたりだったはず」


 魔石ランプの明かりを頼りに、床が途切れて地下空洞を切り裂くように開いた裂け目を覗き込む。

 前回来たときは裂け目に架かる橋のような形で足場が対岸へとつながっていた。その橋の向こう岸に突き刺さるようにして異彩を放つ剣があったのだ。


 魔剣は存在自体が魔法がかっているからか、暗闇の中でも淡く光って見えていた。

 フロアボスを倒した俺たちのパーティは当然の報酬としてその魔剣を回収するつもりだった。だが。

 戦闘の余波でもろくなっていたのだろうか、洞窟の天井の一部が崩落し、つらら状の石筍が槍のように降ってきた。

 俺は、いの一番で魔剣に向かおうと橋に足を掛けていたジェレドをかろうじて抱きかかえて飛び退った。

 もともと脆かった天然の橋は落石に巻き込まれて砕け、裂け目を落ちていった。向こう岸に刺さっていた魔剣も、同様に裂け目の底へと消えていったのだった。


 頭を振って、昨日の記憶を振り払う。

 俺は用意してきた長いロープ二本を継いで、ひび割れの入っていない頑丈そうな鍾乳石の柱に巻き付けた。

 裂け目の深さは分からない。ロープ一本分降りてみて、先が見えそうなら行くし見えないようなら引き返す。そう決めてロープの一方を腰に縛り、もう一方を握ってゆっくりと裂け目を降りていく。

 ロープ一本分降りたあたりの岩棚で体勢を整えて崖下に光の魔石を一つ落とす。

 カラカラと落ちていく音が途中で止まった。

 谷底の状態は見えないが、光の魔石の輝きは見える。

 届かない距離ではないと判断し、残りのロープを伸ばして崖下に垂らす。

 慎重に崖を降りていき、とうとう谷底にたどり着いた。


 そこには思ってもいない光景が広がっていた。

 谷底は俺が降り立ったあたりだけが平らになっていて、小部屋ほどの幅があった。

 奥に続く裂け目には落石が詰まって塞がっている。


「なんだ、これは……」


 まさに袋小路になっている谷底に、固まりかけの血液とも冷え始めたマグマとも思えるような色合いの赤黒い輝きを放つ魔法陣があった。

 その光のおかげで地下の谷底にもかかわらず周囲の様子がわずかに目視できる。

 魔法陣は空ではなかった。

 ぬらりとした羊膜に包まれた肉塊が、魔法陣の脈動に合わせて微かに膨張と収縮を繰り返している。

 いや、肉塊の鼓動に合わせて魔法陣が脈動を繰り返しているのではないだろうか。

 この光景は見たことがある。もちろん本物ではなく書物の上の、過去の厄災の記録としてだが。


「悪神召喚……」


 それもこの大きさの魔法陣であれば、悪神の眷属では納まらないそれ以上の存在を呼び覚ますものだろう。


「なんてこった。受肉し始めている」


 呼び出された悪神は様々な力を持っているが、それでも召喚者の望みを叶える形でしかこの世界に影響を与えるすべはない。だが、受肉した悪神は自身の意志を持って行動するようになる。良くてこの国が亡ぶか、最悪の場合は世界全体が蹂躙じゅうりんされるだろう。


「唯一の利点は受肉した悪神には通常の武器が効くということだけど、俺一人でできるのか?」


 今回、魔物との遭遇があった時点で引き返すと決めていた。そのため、武器は極力軽量化して運ぶ荷物はロープと食料関係に割くことにした。手持ちの武器はショートソード一本しかない。

 見ている間に脈動はどんどん力強さを増し、魔法陣はより鮮明に輝きを放つ。

 引き返す、という選択肢はどうやらなさそうだ。


「こんな形で『不運』スキルが発動するとはな」


 ソロで、ダンジョン最奥のさらに奥の崖の下で、悪神と貧弱な装備で対峙か。

 『不運』の数え役満だ。

 思えば『不運』スキルのせいでたいへんな目に遭ってきた。

 正直、姫神様を恨む気持ちが無かったわけではない。

 だけど、努力と創意工夫で何とか切り抜けてきた。

 苦労させられる当人としては勘弁願いたいところだが、客観的に見れば刺激の絶えない大冒険だったと胸を張れる。

 まあ、それも仲間の助けがあってこそだけどな。

 無謀に走るのは命を無駄にする行為だが、命を張らずに最高の冒険は手に入らない。そういうことだ。


「いっちょう、やったりますか」

 俺は希望などない闇の中で腹をくくった。

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