プロローグ
辺境の村、リトンは冒険者が流れつく場所である。
若者はさらに奥地を目指して旅立ち、衰えを感じ始めた者はそろそろここらでと居を構える。だから住人の中にも元冒険者という者も多い。そして冒険で命を落とした者たちの家族も。
ボクとローは物心ついたくらいの年で両親を亡くし、ともに村の孤児院で育った。孤児に就職の選択肢は少なく、冒険者を目指すのは当然の成り行きだった。
ナディーンの母様は元冒険者の魔法使いで、夫を亡くしたあとこの村に居ついた口だ。ナディーンは母親の長所を良く継いで、優秀な魔法使いの才能を開花させていた。ボクも剣術の鍛錬の傍らナディーンの母様に魔法の手ほどきを受けていた。
ジェレドは金物屋の息子で、親が冒険者だったかどうかは定かではない。ただ、本人が超楽観主義のお調子者で、家業を継がずに冒険者になると言い張っている。
リリアも同じ孤児院の子だ。引っ込み思案なところがあって、礼拝堂でシスターのお手伝いをしていないときはいつもボクたちにくっついて行動している。冒険好きというほど積極的ではないけれど、突出しがちなジェイを諫めたりみんなの服を繕ってくれたりと、なにくれとなく世話を焼いてくれる縁の下の力持ち的存在だ。
同い年のボクらは物心ついた頃からずっと一緒だった。
いわゆる幼なじみってやつだ。
ボクらはいつか冒険者になることを夢見て、リトン冒険団を結成した。
それから五年の月日が流れ、僕たちは十五歳の年を迎えた。
「いよいよ明日は『神託授与の儀』だぜ。くぅーっ、痺れるなぁ」
「なんていったって姫神様から授かるスキル次第でこれからの人生が大きく左右されるわけだからねぇ。ま、わたしが授かるのは魔力向上系のスキルに決まってるけれど」
「本当に大丈夫かぁ?ナディ。そんなに期待してて、『お皿がきれいに洗えるスキル』とかもらって泣くなよぉ。けけけ」
「ンなわけないでしょ、このタコ。姫神様の神託はまったくのランダムじゃないっていう話よ。がんばった努力を姫神様は見てくださる。だから魔法技能を突き詰めているわたしのスキルは知力強化関係って決まってんの」
ダン、と机を叩いて腰を浮かす。ナディーンはそのままテーブルのジョッキを掴んで中身をあおる。
「あんたはいいわよねぇ、ジェイ。もし体力系スキルを外して知力向上のスキルが出ても、脳筋のあんたの場合サル並みの知能が人並みに近づくわけだから効果は絶大なんじゃない?全方位有用なんだわ、ふふふ」
ローは我関せずで料理をつついている。
リリアはあわあわと焦るばかりだ。
十五歳になったらエールが飲めるとはいえ、二人ともまだ飲み慣れていないのにペースが速いよ。
「まあまあ、二人とも。せっかくの前夜祭なんだから楽しく食事をしようよ」
「セオ、あんたもよ。姫神様からスキルをいただけるのは一生に一度なんだから、自分の得意なもの、好きなものに特化して能力を磨くべきよ。とくに冒険者は人よりも優れたところを伸ばして抜きんでることが重要なの」
「一生に一度だからだろ。もし伸ばしていない能力に向いたスキルを授かったら修行のやり直しになるじゃないか。僕は絶対に最高の冒険者になる。そのためには姫神様の神託を外すリスクは極力抑えたいんだ」
「だからって、剣術に魔法に斥候技術、挙句に回復魔法の初歩まで習得するって、おまえ、やりすぎなんだよ」
「万能ってカッコいいじゃないか」
「……そういうのは万能って言わない。器用貧乏だ」
「わはは、違いねぇ」
「久しぶりにしゃべったかと思ったら、あんまりじゃないか、ロー」
「おまえ、心配性だからもらえるスキルは『先読み』とかだったりしてな」
「あ、いいわね。伏兵を事前に感知したり相手の行動パターンが読めたり?」
「オレは防御貫通か速度増強だな。防御が固いヤツをちまちま攻撃すんのは性に合わないし、手数が増えればそれだけ多くしばけるからな」
「あんたらしいわね。でも悪くないわ。わたしは出来れば火属性の強化が欲しいわね。単純な魔力増強よりピーキーなスキルのほうが効果が大きいっていうし」
「いいねえ、ナディが撒いた火炎魔法の裏から飛び込んで残党どもをぶった切ってやんよ」
いえーい、とジョッキを打ち鳴らす二人。
「なんだか心配……」
リリアのつぶやきには大いに賛成。だけど、ボクらパーティの全員が前夜祭を心の底から楽しんだ。
翌日。
「頭いてー」
「大切な儀式の日に寝坊してくるなんて信じられない」
珍しくリリアがぷんぷん怒っている。
「悪かったって。あんまり大きな声出さないでくれ……いたたた」
「あのくらいのお酒で二日酔いだなんて情けないわね」
「ナディーンちゃんだって遅れてきたでしょう。人のこと言えないんだから」
「ゴメンナサイ」
ようやくパーティ全員がそろって神殿に到着したころには今年成人を迎える村人はほとんどはけており、僕たち五人は最後の組になった。
「ローン・クームス」
「はい」
ローが祭壇へと上り、女神像の前にひざまずく。
女神像が両手で抱える水晶玉が輝きを放ち、しばらく周囲を照らしたあと光が収まる。
「そなたに下された神託は『隠密』じゃ。その力がそなた良き行いに導かんことを」
そそくさと祭壇を降りてきたローが自分の両手を見つめて不思議な表情をしている。
「どうだ?どんな感じだった?」
「不思議な感じ……。力が漲るっていうのじゃないけど、何か湧いてくるような……」
「おい、次、ナディだ」
みんな慌てて祭壇のほうを見る。
すでに水晶玉は黄金の輝きを放っていた。
「そなたに下された神託は『サラマンダーの加護』じゃ。その力がそなたを良き行いに導かんことを」
ナディーンは澄ました表情を取り繕っているが、頬は紅潮し、目はぎょろぎょろと落ち着きなく動いている。急ぎ足でみんなのもとに戻ってきたナディーンが両こぶしを握り締めて嚙みしめるように言った。
「やったわ、火属性よ。しかも加護だって!」
加護は単純なスキルよりも影響範囲も効果の強化度も高い。いわゆるレアスキルだ。
「次はリリアだな」
リリアの神託は『慈愛』だった。司祭を目指しているリリアにはピッタリのスキルである。
「オレ様の番だぜ」
ジェレドがぶるりと武者震いをして固い足取りで祭壇に上がる。何やら司祭様に注意されて頭をぴょこぴょこ下げた後、ようやく女神像の前でひざまずいた。
すぐに水晶玉が黄金に輝きだす。
「おお、これは珍しい……。そなたに下された神託は『幸運』じゃ。その力に相応しい良き行いを心掛けるんじゃぞ」
しばらくポカンとした表情で司祭様を見上げた後、飛び上がって喜ぶジェレド。駆け足で戻ってきた彼は、みんなに言った。
「やったぜ、オレのスキルは『幸運』だってよ。これで俺たちのパーティは世界最強間違いなしだぜ!」
「やったな、ジェレド。ようし、僕も行ってくるよ」
緊張のあまり手が震え、膝がカクンとなりそうになりながらなんとか祭壇にたどり着く。
「セオドリク・マーフィー」
「はい」
「女神アナイスに祈りを捧げ、己が行いをもって神託を賜らん。祈りなさい」
ひざまずき、目を閉じて姫神様に祈りをささげる。
これまでのこと、これからの夢、それらが次々と浮かんでは言葉になる前に泡のように消えていく。
冒険を。
誰も経験したことがないようなめくるめく冒険を僕にください。
水晶玉が虹色に輝きだす。
「おお、これは」
司祭様の口からかすかに感嘆の吐息が漏れる。
「そなたに下された神託は……なんとな?」
明るかった司祭様の表情が困惑に曇る。
どうしたんだろう?何か手違いでもあったのかな?
司祭様がそばに控えた神官といくつか会話を交わしたあと、改めて僕に告げた。
「セオドリク・マーフィー、そなたに下された神託は『不運』じゃ。その力がそなたを良き行いに導かんことを心から願う」
「は?」
思わず聞き間違いではないかと戸惑いの声が漏れる。
「このような神託は私も初めての経験じゃ。お主の賜った神託は『不運』じゃ。じゃが、女神様の行いには必ず意味がある。腐らず、神託の導きに従い良き道を歩くのじゃぞ」
「……はい」
混乱のままにパーティのもとに戻る。
「おい、なんだった?」
「虹色に光っていたわね。あんなの聞いたことが無いわ」
興奮気味に聞いてくるみんなに重い口で告げる。
「もらったスキルは『不運』だって。ははは」
「えっ?」
「まさか」
「そんなはず……」
「……まじか」
「ちょ、ちょっと待てよ。そんなもろマイナスなスキルなんてあんのかよ」
「『幸運』があるなら『不運』があってもおかしくはないけれど……」
「何かの間違いです、姫神様……」
「……」
黙って頭を振るロー。他の仲間たちも沈痛な表情で黙り込む。
「ま、まあ、あれだ。オレの『幸運』があるんだからおまえの『不運』があっても大丈夫だろう」
「そ、そうね。スキルは実際に使ってみないと本当の効果は分からないし。案外『不運』を察知するスキルかもしれないし」
「そうだぜ。気にすんな。オレとナディが強スキルを手に入れたみたいだし、俺たちのパーティの戦力は大幅に増強されたはずだ。今度ダンジョン行って試してみようぜ」
「いいのかい。こんな厄介そうなスキル持ちの僕がパーティに残っても」
「当り前じゃない。五人そろってのパーティでしょう。抜けるなんて言ったら引っぱたくからね」
顔を上げてみんなの目を見る。真剣で、心配げで、真っ直ぐで、暖かく笑っている。
「ありがとう、みんな」
みんなありがとう。僕は絶対にこのときを忘れない。ありがとう。
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