王の間
老人の貌の下に鍵穴があった。
ニアが手にしたカギを奥まで差し込むと、金色の光が漏れだして眩しく輝きだした。
「!」
驚きつつもカギをしっかりと握っていると、すぐに光が収まってくる。
ニアが慎重にカギを回す。
ゴトリ、と重い音が鍵穴の奥から響く。
ニアがそろりとカギを引き抜くと、先ほどまではのっぺらぼうだったカギの先端に複雑な溝が刻み込まれているのが見えた。
「開いたようだ」
俺は体重をかけてぐいっと大扉を押す。
ゆっくりと、石臼を挽くような音を立てて大扉が開いていく。
人一人分の幅が開いたところで体を割り込ませるようにして中に入った。
「こいつは……」
目の前に広がる光景に警戒のつぶやきを上げて大剣を抜く。
扉の内側には天井の高い大空間が広がっており、奥に向かって階段状にせり上がった舞台があった。大広間を囲むように天井まで続く円柱が等間隔で立ち並び、松明が薄暗く揺らいでいる。
舞台の上には薄衣を頭かぶった女性のような白い体が倒れ伏しており、全長三メートルはありそうなオオトカゲがその神々しい肢体を踏みつけていた。無数のムカデが壇上を目指してカサコソと走り寄り、オオトカゲが大きな口でそれらをバリバリと咀嚼していく。
「悪神の眷属を喰らってやがる」
ムカデをあらかた食い尽くしたオオトカゲが長い舌で金色の瞳を舐める。
「見て!」
ニアが緊張した声を上げる。
オオトカゲの体が見る間に膨れ上がり、ウロコを覆う皮がいたるところで割け始める。
ぐぐっと尾が伸びて太くなり、後脚の筋肉が盛り上がる。
後頭部の皮膚が突っ張るように伸びて裂け目から刺の生えた襟が現れる。
背中の皮が不自然に膨れ上がり、薄く伸びた膜の中に蠢く物が透けて見える。やがて内容物の膨張に耐えきれなくなった膜が破れてコウモリに似た飛膜状の翼が現れる。
「……ドラゴン。やはり悪神であったか」
ルーナがニアの前に出てタルワールを構える。
壇上には大広間が狭く感じるほどの大きさに成長したドラゴンがいた。
高みから見下ろす金色の瞳に瞬膜が掛かり、俺たちを順番に見定めていく。
『よくぞ来た』
重々しい音声が頭蓋の中に直接響いてくる。
『我が喰らうにふさわしい器に変化するのを待っていた』
足元に組み敷いた獲物もいつの間にか形を変えており、そこには金色の毛皮を鋭い鉤爪で切り裂かれた血塗れの獅子の姿があった。
『おまえのおかげだ。ほめてつかわそう』
表情筋の乏しいドラゴンが、嘲笑うように目を細める。
『褒美としておまえの血肉も、おまえの未来も、一緒に喰ろうてやる』
金色の瞳に射すくめられているニアの前に立ってドラゴンの視線を遮る。
「へぇ。さっきまでちっちゃいトカゲだったヤツが大きく出たもんだな。おまえ、本当は実体がないんだろう?ドラゴンの威を借る毛虫ってこところか?」
一か八かのはったりをかます。あ、一か八かの行動はダメなんだっけ。
ドラゴンの視線が俺に向く。
『なんだきさまは。虫けらが紛れ込んだか』
「俺はこう見えて神様ってやつと縁があってね。舐めてかからないほうがいいぜ?」
『ほたえるな、蛆虫が。まずきさまから喰ろうてやろう。きさまの過去もきさまの未来も、きさまの存在すべてを食い尽くしてくれる』
グウオォォォァ
音圧だけで吹き飛ぶほどの咆哮が全身を打ちつける。
「くっ」
大剣を構えて必死に耐える。が、すぐに意識が白濁していった。
――草の匂いがする。いつの間に外に出た?
「今度のお休みにさ、みんなで裏山に狩りに行こうよ」
「お、いいねぇ。家の手伝いばっかで飽き飽きしてたんだ」
「ジェイは参加ね。リリアはどうする?」
「あ、うん、でもシスターが何ていうか……」
「そんなのこっそり抜け出せばバレないって。なあ、セオ」
「ジェイ、それじゃリリアがあとでシスターに叱られるじゃんか。ちゃんと許可もらっていこう。感謝祭の捧げものを獲りに行くっていえばきっとオーケーもらえるって。ボクも一緒にお願いするからさ」
「でも、危険じゃないかな……」
「大丈夫だって。ナディもローも誘ってみんなで行くんだから」
「そうだぜ、俺たちリトン冒険団フルメンバーがそろえば無敵だからな!」
――これは、里にいた頃の記憶?
秋の裏山を駆けずり回って、ボクは魚を三匹、ローは山鳥を一羽仕留めた。ジェイとナディは共同戦線を張って何と灰色キツネを捕らえることに成功した。
「あはは、やったぜ、どうだ、見ろよこの獲物。これで親父もオレを認めないわけにいかないだろう」
「あら、あんた一人の手柄だと思わないでね。私の魔法が無ければ灰色キツネを追い込むなんて出来っこなかったんだから」
「ジェレドくん、じっとして。いま傷を治すから」
「こんなのへーきだって」
「怪我したまま帰ったらおば様が心配されるでしょう」
「う、それはまずい。危ないからって冒険者になるのを反対されちまう」
「でしょう。だったらじっとして。あと、傷を治したら破けたシャツも縫うからね」
「へーい」
「ははは、ジェイはリリアには形無しだね。はい、ナディ、ロー、魚焼けたよ」
「ありがとう、セオ」
ナディーンが葉っぱの器に乗せた魚を受け取る。
「……」
ローも口の中でもごもごとお礼を言って魚をほおばる。
付け合わせはリリアが集めてくれた木の実だ。すっぱいのも甘いのもあっておいしい。
「ふー、腹いっぱい。食った食った。やっぱりかーちゃんに見張られながら家の手伝いするよりこっちのほうがオレには合ってるな。いつでもうまいものが食べ放題だし。一生、山で暮らしてー」
「こんなに獲物が採れるのは今の時期だけさ。冬になったらどうやって生きてくんだよ」
「セオは相変わらず心配性だなあ。よいしょっと」
寝ころんでいたジェレドが立ち上がってこぶしを突き上げ宣言する。
「決めた!俺は冒険者になる。世界一の勇者になるぞっ!」
「あはは、何度目だよ、それ」
「じゃあセオはならないのか?冒険者」
「そんなわけないだろ。冒険者になるって言い出したのはボクのほうが先じゃないか。ボクは世界中を旅して、珍しい宝物いっぱい手に入れるんだ!」
ジェレドが掲げていたこぶしを下ろして水平に突き出す。そこにボクもこぶしを合わせる。
「私は世界一の魔法使いになるわよ。魔法協会のオベリスクに名を刻むほどの超一流の魔法使いにね」
「……俺も、冒険者になる」
ナディーンに続いてローもこぶしを合わせる。
無口なローが声に出して宣言するのは珍しい。本気ってことだ。
リリアは少し戸惑いながら、おずおずと手を差し出してみんなのこぶしに添えた。




