対峙
「姫様!」
虐げられるニアを遠目で眺めることしかできずにいたルーナが自分を阻む透明な壁を必死に叩き続けている。
「くっ、びくともしないな」
セオも全力の体当たりを食らわせるが、硬い感触の壁に跳ね返されて傷一つつかない。
頼みの綱の魔剣は気づいたときには手元から消えていた。意識が遠のいたときに取り落としたか、それともここが精神だけの世界だからなのか。
「なん、だと……」
ルーナにそっくりな人影がやみの中から歩み出してくる。
「くそっ、偽物め。姫様に手をだすなぁっ!」
ひと際激しくルーナが両こぶしで透明な壁を殴りつける。
ピシッと小さな亀裂音が鳴る。
『――私の経歴に泥を塗った』
「違います、姫様。私の失敗は私自身の不徳から出たもの。その者の言葉に耳を傾ける必要はありません」
さらに殴りつけた拳の先でビシッとクモの巣状のひびが入る。
『――死んで詫びろ』
「ふざけるなあっ!」
ルーナが鞘ごと剣を抜き、渾身の力を込めて透明な壁に叩きつける。
ガシャーン
ついに透明な壁が砕け、ルーナがニアと偽物の自分の間に飛びこんだ。
振り下ろされる偽ルーナの剣をそのまま鞘で受け止める。
「姫様は我が唯一の剣を捧げると決めたお方。我が魂を照らす太陽の君。我が忠誠に一切の打算などない。姫様の高潔なる魂を汚そうとするその口を、その偽物の貌から切り落としてくれるっ!」
鞘から抜いた刀身を眼前に掲げ、誓いの言葉とともに偽物に切りかかる。
『ふふっ、大言壮語は治らぬと見える。身の程を知れ!』
偽物のルーナも本物と寸毫違わぬ軌道で曲剣を振るい、剣と剣が火花を散らす。
「ぬっ」
目の覚めるような剣戟が闇に囲まれた空間に鳴り響く。偽物の動きはゼロタイムで本人の意識をトレースしており、文字通り鏡に打ち込んでいる状況だ。
『はっはっは、どうした。威勢のいい啖呵を切ったくせにどうにもならないか』
「くっ」
打開策を、と意識を逸らせばその隙を的確について敵の剣が襲いかかってくる。何とかギリギリで避けるが切り落とされた髪の一房が空を舞う。
「ルーナ!」
背後で姫様の案じる声がする。姫様を背負った状況で負けるわけにはいかない。
「せいっ」
新たな力を得て剣速が増す。
『くっ』
今度は偽物が声を漏らす。
『ふん、兄さまたちの真似事が様になってきたからといって思い上がるなよ』
幼いころ、兄たちに憧れて騎士を目指したことを揶揄する言葉が浴びせられる。
『所詮ままごとの延長だ。兄さまたちも本音では面倒がっていたんだよ、お転婆娘の扱いをな』
くっ、またしても剣の勢いが鈍る。
『中途半端な騎士は家名を汚すと父上も本音では嘆いているんだよ、身の程知らずが』
偽物の刃が二の腕の布を切り裂く。
『女が正規の騎士になれるわけないだろう。だからバカ娘の子守に回されたのさ』
「姫様を侮辱するな!」
力んだ一撃はわずかに躱され、相手の切っ先が頬骨の上をかすめる。
『アハハ!図星か。おまえの同期たちは皆、おまえのことをこう噂しているんだ。考えなしの猪突猛進ってなあ』
「ぐっ」
重い一撃を受け流せずに腕が軋む。一度受けに回ると反撃に移るきっかけが得られず防戦一方になり、防具のない部位に細かい傷を得て流れる血が増えていく。
「ルーナ、言葉に惑わされないで!」
必死に戦うルーナの姿にニアも自分を取り戻してた。
「こいつはあなたに叶わないから言葉で惑わしてくるのよ。あなたは強い。だって、私の守護騎士様だもの!」
そうだ。こいつは弱い。だから力ではなく言葉でこちらの弱点を突いてくるんだわ。
弱気になってはだめだ。失敗も、後悔も、全部乗り越えてここまで来たんだ。だから私は今の自分を信じる。自分の歩んできた道を信じる。
ニアの思いと――。
そうだ。私は未熟だ。私は弱い。だから言葉ではなく体を使うんだ。
弱気になってはだめだ。失敗も、後悔も、全部乗り越えてここまで来たんだ。だから私は今の自分を信じる。自分の主を信じる。
――ルーナの思いがシンクロする。
考えるな。ただ信じて剣を振るえ!主のために!!
「うおおおっ」
『ぐっ、くっ、なぜだ。力は同等のはずだ。ぐわあっ』
打ち合う連撃の中で下からすくい上げる逆袈裟切りが絡み合い、ルーナの剣勢が勝って偽物の剣を高く打ち上げる。瞬間、峰を返された曲剣が先ほどの軌道をなぞるように切り落とされた。
バキャッ
空間全体が割れ裂ける音が響く。
剣には肉を切った感触はなく、鉄の鎧が張りぼての紙細工のように斜めに割れて中から無数のムカデが溢れ出る。
偽物のルーナの残骸が崩れ落ちるのに合わせて闇で囲われた空間も崩れ落ち、元の神殿の回廊の光景が戻ってくる。
「ふう、やったな。今回、俺は出番なしだったか」
俺は緊張をほぐすように間の抜けた声を上げた。
出番があったからって活躍できるわけでもないんだが。
「何だったのかしら、今の?」
「カギの王様ってやつの試しにしては殺意が高かったな」
「あれを見てください」
嫌悪感を含んだルーナの言葉に導かれて正面の扉に目をやる。
「うわーぁ」
逃げ出したムカデが扉の隙間から奥の間へと逃げ込んでいく。ざわざわと無数のムカデが這い回る姿は正直気持ち悪い。
「わざわざ目とか口から入らなくていいのに……」
扉に彫られた老人の貌に群がったムカデが人の顔の穴といえる部分から中へと姿を消していく。全部のムカデがいなくなってから扉に近づいてみても、レリーフの目や口には穴はない。どうやらムカデ自体が非実体のものだったらしい。
「ねぇ、この先に行かないといけないのよね?」
ニアが顔をしかめる。
「そうだな。カギの王様っていうのに会わないと鍵はもらえないらしいからなあ」
「先ほどの敵が待ち構えているのでしょうか?」
「どうだかな。まあ同類がいることは確かだろう。さっきの敵はどう見ても悪神の眷属だ。ここの神殿の神様は異国から来たっていう話だが、悪神に乗っ取られているのかもな」
「厄介ですね」
「どうする?引き返すこともできると思うが」
「……行くわ。せっかくここまで来たんですもの」
ニアは手にした未完成の鍵を見つめて言った。幻影の中で観た若い男が首から下げていた鍵と同じ宝石がはまっている。この鍵は、小箱の鍵というだけではなく、自らの出自を解き明かす鍵だと感じる。
「それじゃあ、とっとと行きますかねぇ」
俺は床の大剣を拾い上げ、背中の鞘に戻しながらつぶやいた。




