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異国の神の御座

 門には巨人が使うような見上げるほどの門扉がはまっており、しっかりと閉ざされている。これはカギがあっても重くて開けられそうにない。

「こちらに通用口があります」

 門扉の下部に人が通るサイズの扉がついていた。扉には真鍮の蓋がされた鍵穴が施されている。

「ねえ、見て。こっちに若い木があるわ」

 門扉の外れから近い場所に一本の若木が生えていた。心なしか樹皮が黄色く光っているように見える。ニアは惹きつけられるように若木に近づいていった。

 若木には一本だけ、カギが下がっていた。ニアでも届く高さに下がるカギの持ち手の部分には、淹れ立てのブルーマロウ・ティを思わせる美しい赤紫色の宝石(アメシスト)がはまっている。

「お母さま……」

 魅入られるように宝石を見つめるニアの唇から言葉にならないつぶやきがこぼれる。

 伸ばした手に吸い込まれるようにカギが収まる。

 胸元に引き寄せてぎゅっと握るニアの瞳には一滴ひとしずくなみだにじんでいた。

「カギを手に入れたようだな。門の扉を開けよう。そのカギが合うに違いない」

 通用口の扉の真鍮の蓋をずらすようにして開ける。ニアの持つカギとピッタリ合うサイズのカギ穴が姿を現す。

 ニアが慎重にカギを差し込んで回す。

 カチリと音がして通用口の扉が奥にゆっくりと開いた。

「どれ、中の様子を見てみよう」

 俺がそういって開いた扉の縁に手をかけた瞬間、周囲の森が一斉にざわめいた。

「な、なんだ!?」

「木々が唸っている」

 ブゥンと無数の羽音が重なり合うような、耳で聞こえる音というより空気の振動が直接人間の体に響くような不快なうねりがどんどん大きくなる。

「ヤバイ、急いで中へ!」

 無数のカギが枝から離れてこちらに向かってくる。

「うわぁ」

 金属の羽虫のように群れを成した鍵が嵐となって襲い掛かる。

 カカカッ

 身をひるがえして避けた場所にいくつものカギが突き刺さる。

「ひえっ、殺す気かっ!」

 二人は無事に先行して中へ入ったようだ。

 とにかく俺も中へ。

 そう思って扉をくぐろうとして、背負った大剣の柄が入り口に引っかかる。

「なっ」

 さっきまでこんなに狭かったっけ?

 急いで身を引いて大剣を抜く。

「あぶなっ」

 突風のように叩きつけてくるカギの群れを大剣を盾にして避ける。

 キン、キン、カキン、キン

 大剣でカバーしきれない部分が削られていくつも擦り傷が刻まれる。幸い、重大なダメージはないが、痛いものは痛い。

 ひとしきりカギの群れが通り過ぎたところで、ようやく扉の中に飛び込んだ。

「大丈夫?セオ」

「ああ、何とか。しかし、なんで急に襲ってきたんだ?」

「セオ殿だけを狙っていたようにも思います」

「何だよもう。俺だけここに入る資格がないってことかな……」

 ルーナはニアの守護騎士だから身内であることは間違いない。俺は成り行きでニアの保護者枠ってことになったが、カギの王様とやらは認めていないのかもしれない。

 うーん、よくわからん。

 改めて周囲を観察する。扉の中は外と打って変わって暗闇に包まれていた。

 俺たちが入ってきた通用口の横に一つだけ松明が灯っている。声が響く感じから、狭くはないが石造りの密閉空間のようだ。

「こっちに何かあるわ」

「姫様、わたくしから離れないでください」

 ニアが暗闇に踏み入れると、それに合わせるかのように壁の松明が灯っていく。

「わあ」

 見上げるような円柱が左右に何本も立ち並ぶ回廊が現れる。

 円柱に取り付けられた松明の灯りは天井までは届かず、わずかに円柱の柱頭に渦巻き模様の飾りが刻まれていることが分かる程度で、その奥は闇に埋もれている。

 回廊の先には一回り小さい壁があり、建物を構成しているように見える。その入り口の大扉には、年老いた老人の貌が刻まれていた。うつむいた視線はうつろのようでもあり、すべてを見通した叡智を宿しているようにも見える。

「あそこがカギの王様だか異国の神様だかがいる場所だな」

「行きましょう」

 ニアがうなずいて歩き出す。

 コツコツと三人の靴音だけが響く回廊を進む。

 三分の二ほど進んだとき、薄暗がりに人影が一つ佇んでいることに気づいた。

 扉の前に立つ()()は、腰の曲がった老人のようにも、揺れる黒いローブの塊にも見える。だが、一切の空気の流れがない神殿の中でゆらゆらと揺れるローブには本能に嫌悪感を感じさせるものがあった。

 灰色のベールに包まれた頭部がゆっくりと持ち上がる。

 ベールの影よりなお昏い闇のように落ちくぼんだ眼窩がニアの瞳を捕らえる。

 ビクン、と硬直するニア。

(過去を知り、未来に備えよ)

「姫様!」

 すぐそばに立つルーナが手を差し伸べようとするが金縛りにあったかのように身動きがとれない。

「うっ、なんだ?」

 俺は頭蓋骨の内側に直接響く声にめまいに似た感覚を覚えて思わず膝をつく。

 手にした大剣が床に当たり、がしゃんと音を立てる。

 そういえば入り口でカギに襲われたときに抜いたままだっけ。

 遠ざかる意識の中で、青白い炎のように刀身の模様が光るのを見た。


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