失くしたカギの森
「こんにちは、いい天気ですね」
「ああ、こんにちは。当分はもちそうですな。旅には良い季節ですよ」
旅の途中の水場ではときおり別の行商人とすれ違うことがある。そんなときは行商人同士、道中の情報を交換し合うのだ。
「今朝発った村の手前で軍が検問を敷いていましたな。まあ検問と言ってもそんな物々しいものではなかったですが。あれは禁制品の摘発とかではなく人探しなんじゃないかな」
「ほお、極悪人でも逃亡しましたか」
「どうでしょうな。そんなに大部隊ではなかったし袖の下も要求されませんでしたから。負い目のない身なら毅然していれば問題はないでしょう」
「そうですか。ごらんのとおりこちらは子供連れの身なので少し神経質になっておりまして。先の様子が聞けて助かりました」
「なんの。お互い様ですよ。では良い旅を」
「ええ、良い旅を」
行商人の隊列を見送りながらルーナと小声を交わす。
「後方だけでなく前方にも反乱軍が姿を見せるようになってきたようですね」
「ああ、包囲網が狭まってきている感じがする」
「このまま前進をつづけますか?」
「うーん。地図に載るような枝道はどのみち反乱軍に押さえられていそうだしなぁ……迂回路がないか探しながら当面は道なりに行くしかなさそうだ」
「わかりました。警戒しながら進みます」
あんまり殺気立って歩くのは目立つから避けたいところだが、ルーナならそのあたりは上手くやるだろう。
「よし、いこう」
旧道をしばらく進む。行商人の話では検問は次の村の向こうだということだから、とりあえず村までは進んでも構わないだろう。村に着く前に迂回路を見つけたいところだけれど。
ウォン、ウォン
少し行った先でリーがこちらを振り向き吠える。
地図にない分かれ道を見つけたようだ。こっちに行こうと案内してくれているように見える。俺はリーの案内に従って手綱を引く。分かれ道では俺が行き先を選んだら酷いところにつながりかねないからな。ここは旅人を導くというリーフウルフの評判に乗っかろう。
しばらく背の高い木々に囲まれた林間の細道を進む。
静かな森で、梢を揺らす風の音とガラガラと車輪が轍を踏む音のみが馬車を包み込む。先頭を行くリーは迷いのない歩みでグラニを引っ張っていく。俺はグラニの自動操縦に任せて、ぼんやりと揺れるリーフウルフのしっぽの先を見つめていた。俺は次第に時間の経過を忘れていった。
はっ、と気づくとすでに馬車は止まっており、グラニがすまし顔で草を食んでいた。横を見るとルーナもぼんやりした顔でクリステルにまたがったままだ。俺の身動きがきっかけになったようすでルーナもハッと表情を変えて周囲の様子をうかがっている。
「着いたの?」
ニアが眠い目をこすりながら荷馬車から降りてくる。
ダエナを探しているのか、きょろきょろと見回している。ちょこんとお座りしているリーの背中を毛づくろいするように優しく撫でているダエナを見つけると、そちらに駆け寄った。
「ここはどこでしょう?ダエナの広場に雰囲気が似ていますが」
そこは明るい広葉樹の林で、大きく枝を広げた木々の葉に遮られて空は見えないが、下草がなく見通しがいい。日差しがないにも関わらず、何故かぼんやりしたセピア色の光に満たされていた。
すぅっと風が空き抜ける。
シャラララァァン
透きとおった音が耳をくすぐる。
銀の雫を降らせるかのようにキラリキラリと光が反射する。
遠くまで広がる木々の低い枝に無数のカギがぶら下がっており、それらが風に揺れてくるくると回り、互いにぶつかって起こす音だった。
「ここ、失くしたカギの森だわ……」
ニアは驚きの余りダエナをぎゅっと抱きしめてつぶやいた。
「ありがとう、リー。あなたが連れてきてくれたのね」
ウォン
リーはお座りの姿勢で尾を左右にブンブン振っている。
「ありがとう、本当にありがとう」
ニアはリーの頸にしがみ付いて頬ずりしながら頭を撫でる。
「ニア、早く行きなさい。わたしはここでお留守番をしているわ」
「えっ、どうして?ダエナも一緒に行こうよ」
ダエナは首を横に振る。
「ここはよそのおうちだからお邪魔するわけにはいかないもの。わたしはグラニたちとお荷物の番をして待ってるわ」
「よそのおうちって?」
ニアが首をかしげる。が、俺は構わずに話を進めた。
「そうだな。この先には試練があるっていうし、最小限の人数で行こう。グラニ、リー、ダエナとクリステルを頼む」
リーが任せろとばかりにウォンと吠え、グラニは面倒くさそうに草を食みながら耳を振って早く行けと促す。
そして、俺とルーナが左右からニアを挟むようにして並んで林の奥へ向かった。
「すごくたくさんあるのね」
「形も様々だな」
「この中から見つけ出すの?私、カギの実物を見たことがないの……」
枝にぶら下がるカギを見つめて不安そうに眉を寄せるニアの頭をくしゃっと撫でる。
「大丈夫だ。婆さんはふさわしい者にカギのほうが答えてくれるって言ってただろう?」
「……そうね。そうだったわ」
「どのカギも溝の形状がはっきりしませんね」
ルーナが手を伸ばしてカギを観察しようとすると、まるで羽が生えたように飛び回って身をかわす。
「なるほど、主にふさわしくない者からは飛んで逃げるというわけですか」
「へえ、面白いな。どれ。うっ、イテッ」
俺が手を伸ばすと、何故かスズメバチの羽音のような威嚇音を上げて手の甲に体当たりをしてくる。切り傷ができるほどではないが、金属なので結構痛い。
「なんで俺だけ……」
赤くなった手をさする俺を見てニアがころころと笑った。機嫌が直って何よりだ。
気を取り直して三人でどんどんと奥まで進んでいく。
やがて木々の間に巨大な門が見えてきた。
「あれがカギの王様がいるところかしら」




