民間伝承
「今日はどうするの?」
「そうだな……。適当な村もなさそうだから、どこか水が確保できる場所で野宿かな」
旧道沿いには数十キロおきに農村があり、日に一、二ヶ所は通りかかった。だが先を急ぐ身なので民家に宿を頼むのは二日に一度くらいのペースにしている。野宿にも慣れてきて、リーが寝ずの番に立ってくれるおかげで大人チームの疲労も軽減されている。それでもくねくねと曲がる道はなかなか州都への距離を縮めてくれなかった。
最近ではゆく先々で反乱軍の噂を聞くようになった。
反乱軍といっても民衆には人気があるようで、警戒するような文脈では語られない。だが、別の村から来た農夫や街から来た旅人から街道に続く道で反乱軍の小隊を見かけたという話を繰り返し聞かされると不安感が増してくる。
反乱軍とやらは何を目的に動いているのだろうか。気にはなったが、幸い旧道の進行方向では目撃情報がなかったのでセオたち一行はそのまま歩みを進めた。
「おうちがあるよ」
ダエナが垂れ幕から身を乗り出して指を差す先に、古びてはいるがしっかりとした作りの農家が一軒、ぽつんと門を構えている。
「そうだな。日暮れも近いし、宿を頼めないか聞いてみよう」
農家にはお婆さんが一人で住んでいた。息子夫婦が孫を連れて少し離れた場所まで出かけているらしい。
「不用心だからねぇ。騎士様に泊っていただけるとわしも助かるよ」と快く一夜の宿を貸してくれることになった。
「おばちゃん、私もお料理手伝うわ」
「おや、お嬢ちゃん。助かるね。じゃあ、そこの鍋に水を汲んでくれるかい」
「わかったわ。よいしょ」
ニアは野宿の際に下ごしらえを手伝うようになって少しずつ料理を覚えようとしている最中だ。ちゃんとした台所で作業するのもいい勉強になるだろう。俺とルーナは子供たちを家に置いて、馬たちの世話に回った。
夕食の席ではニアが得意顔で成果を披露した。
「そっちのペーストは私が潰して作ったのよ。大変だったんだから」
「ほうほう、なかなかやるじゃないか」
大皿に盛られたひよこ豆と白いんげん豆の煮ものには一緒に煮込まれて骨から外した羊肉がたっぷりと添えられている。シナモンやターメリックの香りが食欲をそそる。
手元の器に種なしパンを細かく千切って盛りつけ、その上から鍋に残ったスープをかける。
「ペーストのほうはスープに浸したパンに乗せて食べるの」
家庭料理だから俺はもちろんよく知っているが、ニアには珍しかったらしい。お婆さんに教わった食べ方を逐一俺に伝授しようと大はりきりだ。
テーブルの大皿を全員でつつきながら他愛のない会話をする。ニアはすっかり庶民の振舞いや話し言葉が板についてきた。
「そうだ、おばあちゃんは使えなくなった鍵を持ってない?」
ニアは人里に泊まるたびに例の小箱に合う鍵がないか聞いて回っている。
「おや、お嬢ちゃんは鍵をお探しかい?それならとっておきのお話をしてあげようか」
「なになに?」
ニアがほおづえをつきランプの灯りが映ってきらきらと輝く瞳で話に聞き入る。
「古の神代のころ、まだ救世主さまが魔王を倒す前のことじゃ。『失くしたカギの森』と呼ばれる不思議な森があったそうじゃ……」
カギと錠前は切っても切れぬ間柄だ。カギが失われてしまえば錠前は役に立たなくなる。そして閉じこめられた宝は二度と日の目を見なくなる。
人がカギをなくしたら、カギと錠前と宝の命運はそこで潰える。
深い沼に沈み、昏い森で見失われ、故人とともに在り処を忘れ去られたカギたちは、なんとか錠前の元に戻りたいと願った。そんな物言わぬ存在の願いを聞き届けた異国の神がいた。
扉を司る異国の神は失われたカギの安寧の場所を用意して、再び彼らを求める者が現れるのを待つように言った。
そうして新たな主人に見いだされることを夢見るカギたちは、扉を司る異国の神の元に集まるのだという。
「その森にある千の木々の万の枝々に、数えきれぬほどたくさんのカギが吊り下がっておってな。その中から正しいカギを一つ選ぶのじゃ。
なに、心配することはない。カギにふさわしい者には自ずとカギが答えるそうじゃ。
そうして手に入れたカギで最奥の扉を開き、カギの王様が出す試練に挑むのじゃ。王様の試練はカギが守る宝の価値が大きいほど難しくなるという。試練を乗り越えたとき、晴れて求めるカギを手にすることができるというわけじゃ」
「すごい!おばあちゃん、その森ってどこにあるの?」
「ただの言い伝えじゃからのう。はて、どこにあるのか。この近くの森の中かもしれぬし北の国境の霧の中かもしれないねぇ」
「そう、わからないのね……」
ニアがしゅんとなってうなだれる。
慰めるようにリーが歩み寄り、ひざの上に顎を乗せる。
「そういった神様のおわす場所はごく身近なところにあるものじゃし、どこにもないものなのじゃよ。ニアちゃんの思いが通じれば、精霊様が導いてくださるかもしれないね」
「そうね。あきらめずに探すわ、私」
ニアはリーの頭を撫でながら言った。




