厄介ごとの匂い
富裕層が多く住むこの郡都でも明らかに上級の装いだ。さしずめ貴族様のお忍びの物見遊山と言ったところか。お付きの女性を含めて目立たないように行動しているつもりだろうが、周囲からはそれとなく距離を置かれているのが分かる。そのせいか、これはなに?あれは?とどこでも手に入るような品に目を輝かせる様子が遠目でもうかがえた。
「厄介事のにおいがするなあ……」
悪い予感ほど当たるものだ。お貴族様の子女は人込みを避けるようにこっちの店先に足を運んできた。
「いらっしゃい」
一応、客商売なので挨拶をする。少女は店内をぐるりと見渡している。
「何にもないのね」
ほっといてほしい。
お付きの女性は少女の背後に立ちつつ、大剣を担いだ俺を見てさりげなく距離を測るような視線を送ってくる。身のこなしがシロウトではないことを感じさせる。単なる侍女ではなく護衛なのだろう。少女は相当身分の高いお貴族様らしい。
「うちは庶民向けの日用品しか扱っていなくてね」
「武器屋さんじゃないの?」
「ああ、これは俺の私物でね」
「ふーん」
背中の大剣と店の品揃えをじろじろと見比べる。
すまないね、と愛想笑いを浮かべつつ距離をとった受け答えをする。お貴族様の眼鏡にかなうような商品はなく、かといって正直に客層が違うと撥ねつけて機嫌を損ねるのはまずい。
早く行ってくれないかな、というこっちの思いとは裏腹に少女は店の奥に置いた雑多な小物に目を止めた。
手鍋や薬缶、包丁やハサミといった生活雑貨の類だ。とくに狙いを持って仕入れた商品ではなく、行商の中で物々交換したり安値で手に入れた品々で、いつか利益を出してくれると思いながら持ち歩いている物だ。まあ、普通なら誰も見向きもしないようなガラクタだが、子供の目にはお宝のように見えるのかもしれない。いや、本物の宝に触れている貴族の子女にはありえないか。
しかし、少女は雑多に置かれている金物の中から、青いガラス玉のはまった真鍮の鍵を選び出して手に取った。興味深そうに撫でたり透かしたりしている。
「おじさん、鍵を売っているの?」
……おじさん、って俺はまだ二十五だぞ。
「それは錠前が壊れて使い道がなくなった鍵でね。アクセサリか古金として売ろうかと持ち歩いているものなのさ。はまっているのは宝石じゃなくてガラス玉だからお嬢ちゃんには似合わないかな」
「あら、宝石よりもガラス玉のほうが珍しいわ。光に透かすと泡がキラキラして綺麗ね。気に入ったわ。こちらをくださる?」
「そうかい?本当にただのガラクタなんだがな。あとで騙されたとか言わないでくれよ?」
宝石よりも、粗雑なガラス玉のほうが珍しいなんて、貴族の子女らしい感想だ。
「もちろんよ。おいくら?」
普段自分で買い物などはしないだろうから、こうやって支払いのやり取りをするのが楽しいのだろう。得意気な顔が微笑ましい。
「銅貨一枚なんだが……お嬢ちゃん、細かい貨幣はもっているのかい?」
俺の回答を聞いた少女の表情が戸惑いに変わる。
「金貨と銀貨しかないわ」
嫌な予感的中だ。
「残念だがこっちも釣銭がなくてね。申し訳ないが、またの機会にしてもらえるかな」
「困ったわ……。そうだ、お釣りは要らないから銀貨一枚でこれを売ってちょうだい」
「そうはいかないよ。こんなガラクタに銀貨一枚も吹っ掛けたって知れたらこっちの信用にもかかわるんだ。申し訳ないけれどあきらめてもらえるかな」
まっとうな商売人という信用は、ある意味その日の売り上げよりも大切だ。それにあとでお貴族様の使いがやってきて袋叩きにされる、なんてトラブルも避けたい。運が悪い俺の経験から来る判断だ。
「そう……、仕方ないわね」
お貴族様にしては聞き分けのいい子で助かる。俺は鍵を返してもらおうと手を差し出した。
だが、少女はよほど未練があるのか、鍵を掴んだまま固まっている。
(魔法の気配がする)
屋台の魔導コンロか冷蔵庫じゃないのか?
(いや、明確な殺意を感じる。すぐ近くだ)
「!」
俺が気を取られてビクリと動いた拍子に少女が返そうとした鍵が俺の手をすり抜けて地面に落ちる。
「「あっ」」
声が重なって、スローモーションで落下する鍵に二人同時に手を伸ばす。
途中でくるりと回転した鍵はガラス玉のはまった面を下にして固い石畳に着地した。
パキッ
ガラス玉の割れる嫌な音が足元から響く。
同時に俺の首筋のほんの数センチ手前でカチンと小さい音が鳴った。床に転がる円錐形のコマ。背負った大剣の柄に当たって落ちたらしい。
思わず背筋に悪寒が走る。
石畳の床から少女を押しのけるようにして、コマの先端に触れないように遠ざけた。急な動作をごまかすために、大袈裟な態度で鍵を拾う。
「あーあ、割れちまったぁ」
俺の乱暴な動作に反応して、背後に控えていたお付きの女性が少女の体を引き寄せ、抱えるようにしてかばう動作を取る。
「ご、ごめんなさい。壊してしまって……」
俺の表情を自分への怒りと取り違えた少女が申し訳なさそうに謝ってくる。
「ああ、いや、こちらの不注意だ。たいした商品じゃないからいいよ、嬢ちゃん。だがこの通り壊れてしまった。今日はお引き取り願えるかな?」
愛想笑いを浮かべてやんわりと退去を促す。
「お嬢様、これ以上はご迷惑になります。戻りましょう」
「ええ、わかったわ、ルーナ。店主さん、商品の弁償は後日必ず致しますね」
「いやいや、弁償してもらうほどのことはありませんよ。気にしないでください」
「いえ、責任ある者として、きちんとさせていただきます。では、本日のところは失礼いたします」
「さようなら、楽しかったよ、お嬢ちゃん。本当に気にしなくていいからね」
お貴族様にしては良識をわきまえた良い子だったな。
人込みを分けるようにして去っていく少女とお付きの女性を見送りつつ、何気ないふりで斜向かいの裏路地に目を送る。
暗がりからこちらを見ている視線に目が合う。すぐに視線は暗がりの中に消えていった。
(敵に気づいたことを気づかれたな)
「あれは嬢ちゃんの敵だと思うぞ」
自慢じゃないが、しがない行商人の俺には殺そうと付け狙ってくるような敵はいない。はずだ。
革の端切れを引っ張り出してきて、床に転がったコマを直接触れないようにつまみ上げる。
コマの先端には見えないくらい細い針が付いている。吹矢針だ。調べなくても先端には毒が塗られているだろうと推測できる。
ランプの火で針の先端を入念にあぶって毒物を焼却する。
(あの手合いは疑わしきものはすべて敵、だからな)
「ついてねぇなぁ」
ほらね。やっぱり運がない。ここは本格的に貴族の権力争いに巻き込まれる前に、この街から退散するとしよう。




