追跡
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ようやく標的の足跡をつかんだのは五日後のことだった。
その村はカフサ平原を潤す水源のひとつに位置していた。
「やはり邪術を使ったか」
ダール峠から樹海を一つ抜けた先の山麓にあり、カーヴィ元将軍が偵察部隊を配置していた箇所を通過せずにたどり着くことは不可能な場所になる。なにより、ダール峠の関所を抜けてからたったの二日で行けるような距離ではない。文字通り、樹海を一直線に通り抜けたとしか考えられない。
「だが、捕らえた。一頭立ての荷馬車があってはそうそう距離は稼げまい」
粘り強く痕跡をたどり巣穴を見つけてアナグマを追いたてる猟犬のように、狙った獲物を逃がさない。それがカーヴィ元将軍が猟犬と呼ばれる所以であった。
「旧道を行ったか」
「はい。村長の話では西に向かったと」
旧道はこのあたりの古くからある農村をいくつか数珠つなぎにしてモルヴァーン郡をぐるりと囲んでいる。王国の発展とともに整備された街道や郡道とは異なり、くねくねと時には山を迂回し時には渡りやすい浅瀬を求めて川を遡り、千年のときをかけて自然に踏み固められてできた道だ。王国よりも古い歴史がそこにはある。
「邪術師は行商人を装っていると言っていたな。旧道を行くにはうってつけの偽装というわけか」
「ここからはほぼ一本道です。すぐに追いつけましょう」
一気に距離を詰めて強襲するか、それともじわじわと追い詰めるべきか。
一本道ということは相手に逃げ場がないという利点があるが、逆にこちらは軍隊を展開する余地がないということだ。数の優位を活かせないということになる。対して敵の邪術はこういった場面で強みを発揮する。
「やはりこちらに有利な場所に誘導する必要があるな。標的に気取られてはなるまい。部隊を山側と平原側から回り込ませて逃げ道をふさぐ。モリノーの澱に追い込むぞ」
「モリノーですか。あそこは邪悪な力に満ち溢れております。邪術師に有利なのでは?」
「アレはそんなに単純なものではない。力が暴走し、理がねじ曲がった地だ。邪術とて人の扱う法なれば、そのような理の通じぬ地では十全に働かぬ」
「なるほど、毒をもって毒を制すということですな」
「各分隊に通達せよ。これより包囲陣を形成する。速度は気にするな。それよりも全体の動きをそろえることが肝要だ。決して標的を漏らさぬ囲いを作れ」
「はっ」
進軍する歩兵の胸に花が飾られているのが目に留まる。
「花か。粋なものだな」
「このあたりの村の娘が売り歩いておりました。兵には後で清算するから気に入ったものを購入してよいと言い渡しております」
困窮する村々の貴重な副収入になるだろう。生産性のない軍隊が戦闘以外で民衆の役に立てることなどほとんどない。せめてこのような形でわずかなりとも人々の生活を支えられればという配慮から、我が軍で取り入れている方策だ。
ごまかしだな。
我が軍の立場は反乱軍だ。資金は支援者たちの寄付と、それから現領主の徴税部隊を襲撃して奪ったもので賄っている。ナーワルド現領主が民衆から奪った税を我らが奪いそれを民衆に一部還元する。聞こえはいいが結局は上前をかすめ取っているに過ぎない。
サダルンダーン子爵様が愛したこの地は近年衰退する一方だ。一刻も早くナーワルド男爵からこの地を取り戻しサダルンダーン子爵家を復興せねば。そのためには軍資金がいる。後ろ盾も必要だ。だからこうしてムタクシ殿の命令に従っているわけだが……。
いや、迷うまい。将が迷っていては士気にかかわる。
無理やり気持ちを切り替えたカーヴィ元将軍の目に、土手沿いに咲き乱れる野の花が映ることはなかった。
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