アズヒト村の再生
戻ってくると村は騒然としていた。
村の入り口の小川の土手には来るときにはなかった色とりどりの花が咲き乱れ、きらきらと輝く清流には跳ねる小魚の姿が見える。
畑を耕す農夫たちが喜び半分、戸惑い半分という表情で頭を寄せ合っている。
「どういうことだ?蒔いてもろくに芽を出さなかった種が今頃になって一斉に芽吹いている」
「おれの畑じゃ、今朝は空実だった豆がぷっくらとふくれてよぉ。ほれ、こんなにつやつやの実が詰まってんだ」
「うちなんか、ひげ根のように細かったカブやニンジンが目の前でもりもり育ってさ。まるでモグラが盛大に踊ってるみたいに畝がうねうね盛り上がって地面からぽこぽこ頭だすもんだから、そらもうおったまげたぞ」
「ありがたいけどよぅ。なんだか気味悪いなぁ」
「そんなことないだろう。俺たちが頑張ってきた努力を姫神様がお認めくださったんよ、きっと」
これはちょっと事情を村長に話しておいた方がよさそうだ。
「あ、おねえちゃん!」
「ラミーン!」
シーマの家の前で、水の入った桶を運んでいた弟がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「おねえちゃん、どこに行っていたの?お母さんが目を覚ましたんだよ。ごはんをあげたかったけどぼく作れないし」
「ごめんね、ラミーン。心配かけて。もう大丈夫よ。お母さんはどんな様子?」
「まだ起き上がれないけど気分はいいって。ちゃんとお話しできるし、こわい声を出したりしないし、優しいお母さんに戻ったんだよ」
「そう、良かった……」
シーマの瞳からほろりと涙の粒がこぼれる。
「さあさあ、こんなところで立ち話をしていないで、お母さんの顔を見に行ってあげれば?お母さんもシーマの顔を見て安心したいと思うわよ」
「はい、ニアさん」
シーマが水桶を持ち弟と手をつないで家に入っていく姿を見送る。
「さて、家族団らんにお邪魔しちゃ悪いだろう。俺たちは宿に戻るぞ」
「ええ」
宿屋に戻ると主人が井戸の周りに盥やら桶やらを大量に並べて水を汲んでいた。
「ああ、お客さん。散らかっていてすまないね。急に井戸の水がきれいになったんでね。いろいろと洗っているところなのさ」
見ると食器類のほかに野菜や果物が浮いている桶もあった。
「萎びた菜っ葉を水につけると張りが出るんだがね。最近じゃ水の質が悪くてそれもできなかったんだが、みんなが水が復活したっていうから試してみたら、ほら。こんなふうに芋まで活きがよくなるとはねぇ。もともとここの水で作った野菜は旨くて鮮度が違うと言われてきたが、こんなにすごかったんだなあ。いやはや、失ってわかるってやつですよ。今日の夕食は期待してください。アズヒト村の本当の味を堪能していただきますよ」
「そりゃあ、楽しみだ。ああ、ところでご主人。ちょっと村長に挨拶をしに行きたいんだが、家を教えてくれるかな」
「この時間なら中央広場の正面の役場にいるはずだよ。役場の入り口に案内係がいるから聞いて見るといい」
「ありがとう」
宿で身支度をして村役場へ向かう。魔物との戦闘でボロボロになった脚絆や汚れた防具を身に着けたままでは殺伐とし過ぎていて物騒だ。
受付で村長への取次ぎをお願いすると、すんなりと奥へ案内してくれた。これも守護騎士であるルーナの存在ゆえだろう。本来の家格は聞いていないが、騎士ということは準男爵以上、すなわち貴族だ。
「そうですか、あの魔物を退治していただきましたか。なんとお礼を申し上げればよいことか」
「いえ、わたくしとてカナヴァール州に籍を置く騎士の一員です。魔物の討伐は責務の一環とお心得ください。それに、魔物討伐の第一の功労者は……」
「あー、それで村長さん。魔物のことでちょっとお話しておきたいことがありましてね」
ルーナにはあらかじめ俺のことは従者というかオマケ扱いにして黙っていてくれとお願いしてあったんだが、心配した通り全部話してしまいそうだったので話を横取りして逸らした。
村長は不調法に割り込んだ俺に怪訝な表情を向けたが、ルーナが話を続けるように促してくれたのでそのまま説明する。
「もともとこの村の水源の森にはリーフウルフたちが生息していて、清浄な水を供給してくれていたんだ。彼らが村の畑を荒らしたように見えたのは呪毒を溜めこんだ有害な作物を排除するための行為だったのさ。彼らがいなければ多くの村人が呪毒に冒されて病に斃れていただろう」
「そうだったのですね。リーフウルフのことは言い伝えられております。が、ここ半世紀ほどはリーフウルフを目撃することもなくなり、伝承の中だけの存在になっておったのです。畑を荒らす連中の姿があまりにも伝承と異なるので別の魔物かと思っておりました」
「水源を汚染していた魔物がいなくなり、森も川も浄化されました。今後、リーフウルフが村にやってくることはないでしょう。村人たちにも、彼らを見かけても追わないように伝えてください」
「わかりました」
「それと、リーフウルフが水源の森に生息していることは外の人々には決して口外しないでください。噂になると密猟組織がここの水源を荒らし、再びこの村を悲劇が襲うことになりかねません」
「承知しました。この村を救い、水源を護ってくれている我らの守護聖霊さまともいえる存在です。ゆめゆめ失うことのないよう、この村の秘密として守り伝えていきましょう」
本物の守護聖霊であるシルヴァルフのことは黙っておく。もし、村人の口から噂としてでも外に流れたら、どのような連中に目を付けられるかわからない。必要ならシルヴァルフ自ら村人の前に姿を現すだろう。
この程度の口止めでどこまで効力があるかはわからないが、一介の行商人にできるのはここまでだ。あとのことはもっと力のある連中が善処してくれることを期待するしかない。
村長からの謝礼を丁重に断って、代わりにこのあたりの地図をもらった。やはりモルヴァーン郡の北部をぐるりと回り込むルートを進んできたようだ。平野部にはシルヴァルフが告げた危険なエリアがあるそうだから、このままモルヴァーン郡の外縁部をたどる道を行こうと思う。
「さて、そっちの準備はいいかい?明日はこの村を発つぞ」
「はい、おかげで傷もほとんど癒えました。いつでも出られます」
「せっかくシーマちゃんとお友達になれたのに、ちょっと残念。でもそれが旅ってわけね」
「おませなことをいう」
「あら、私はもう十二歳よ。立派なレディなんだから。いつまでも子ども扱いしていると、痛い目を見るわよ?」
鼻頭にしわを寄せてキッと睨んでくる。
レディはそんな顔をしないよ、という台詞は火に油を注ぐことになるので飲み込んでおいた。
その日の夕食は野菜がメインの料理が並んだ。シンプルな香草と塩だけの味付けのようだがそれぞれの野菜の特徴が引き出されており一口ごとに驚かされる逸品の連続だった。俺たちはアズヒト村の野菜の本来の実力を存分に堪能した。




