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シーマの行方

「山のほうかい?このあたりの水源まで山道があったんだが、五年前の崖崩れで通れなくなっちまってね。杣人そまびとならともかく、兄さんのようなシロウトじゃ通り抜けるのは難しいんじゃないかな。散歩には向かないと思うがね」

「わかった。ありがとう」

 農作業の手を止めて話に付き合ってくれた村人に礼を言って村をでる。

 宿の主人にはちょっと物見遊山でこのあたりを散策すると言ってある。馬と荷馬車は置いて、各々軽装で出発した。本当というとニアとダエナには残ってもらいたかったがついていくと言って聞かなかったのだ。リーに向ける村人の嫌悪の視線も気になるから全員一緒に行動したほうがいいだろうということになった。

 まあ、シーマが一人で行ける範囲であれば子供たちを同行しても問題あるまい。

 このときはそう考えておりました。はい。


 村を出て昨日渡った小川の橋を越える。すぐに左に向かう分かれ道が見えて、そちらに進む。

「なんだか不気味な森ね」

「そうだな」

 草木の葉はしおれたように元気なく垂れ下がり、表面がひっつれてこぶ状に膨らんでいるものもある。若い枝は病的にねじくれており、生き物の侵入を拒んでいるかのようだ。森の奥はくらく鳥の声もない。

 使われていない道は草に覆われていたが、それらの雑草でさえ生気がなく元の山道の形を残している。

 リーが先導するように先を歩く。

 まだ具合が悪そうだが表情からは決然とした意志が感じられ、俺たちをどこかに導いているようだ。

 小一時間歩いただろうか。山と山が迫って小川が渓谷を作るあたりで斜面から巨岩が崩落している場所に着いた。

「これは……思ってたのとちょっと違うな」

 崖崩れで通行止めと聞いていたから、土砂で埋まっているか道が切れて谷に流されている光景を想像していたが。

 高さが五メートルを越えるほどの大岩が馬車が通れるほどの道幅いっぱいに横倒しになって山道をふさいでいる。どうやら右斜面を構成してる岩盤の一部が丸ごと切り離されて落ちてきた様子だ。

「ここまでくると岩というより山そのものですね」

 圧倒的な質量に気圧けおされてこれをどけようという発想が思い浮かばない。大岩の端は谷側にはみ出ているから回り込むこともできない。崩落時の破断面がこちらを向いているのか、大岩の表面はほぼ垂直に切り立っていて登って越えるための手がかりすらなかった。

「こりゃあ、村の人たちが道の復旧をあきらめるわけだ。ん?」

 リーがフンフンを鼻を鳴らして大岩の下を探っている。やがて岩の下に姿を消した。

 ウォン、ウォン

 すぐに大岩の向こう側からリーの吠え声が聞こえてくる。

「セオ、見て。ここに隙間があるわ」

 腹ばいになって覗き込む。

 もとから山道にあった岩に支えられるようにして大岩の下に子供が這って通れるほどの隙間がある。向こう側の明かりがわずかに見えた。

「子供一人なら何とか通れるだろうが、大人が通るのは難しいな」

「ええ、剣を身に着けたままではまず無理でしょう」

 それに支えている岩がいつ砕けてもおかしくないくらい、上に乗っている大岩は圧倒的だ。正直、ここをくぐるのは怖い。

「リー、一人では危ないわ。こっちに戻ってらっしゃい」

 ニアの呼びかけにほどなくリーが戻ってくる。

「あらあら、せっかくのハンカチが破けちゃったじゃない。あれ?これは別の布の切れ端だわ」

 ニアが戻ってきたリーの土ぼこりを払ってやろうとして彼の毛皮に布切れが付いているのを発見した。

「服の切れ端だな。シーマが通ったのかもしれん」

 ウォン

 その通り、というようにリーが吠える。

「どうしよう。シーマちゃん、こんなところに一人で向かって大丈夫かしら」

 ニアの表情が曇る。

 シーマの行き先はどうやら水源で確定のようだ。小川が汚染されていることを考えると呪毒の源がそこにある可能性は高い。

 俺は大岩に手を当てる。こうやってすぐそばで見上げると空の半分が隠れる。大きい。

「ま、何とかなるかな」

「どうされるのですか?」

「戦闘は苦手だが料理は得意でね。動かないモノが相手ならこいつも使えるってことさ」

 そういって背中の留め金を外す。

「しかし、そうはいっても岩を相手に剣では歯が立たないのでは?」

「まあ見てなって。ちょっとそこの木のところまで下がっててくれ」

 ダエナが率先して下がってくれたので、みんな怪訝な顔をしながらも近くの木の下まで退避する。

「一歩、二歩、三歩……」

 大岩の前を往復して歩幅で長さを測る。

「さて、と」

 立ち位置を決め、大岩から一歩半下がって大剣を抜く。

 白磁の白さを持つ刃が日光を反射し、剣の腹に刻まれた蒼炎の紋様が鮮やかに煌めく。

 俺は大上段の構えから右足を少し引いた。ここは剣術の基本とは逆脚で踏み込むことで、巧妙さよりもパワーを優先する場面だ。

 せいっ

 無言の気迫を込めて大剣を振り下ろす。

 白い両刃の剣は温めたナイフでバターを切るほどの抵抗もなく、すっと大岩の腹を潜り抜けていく。

 ピシッ

 遅れて大岩の断面がずれる。

 ズズズ

 谷側に突き出た部分がバランスを崩し、下敷きになっていた岩を支点にゆっくりと切断面を持ち上げていく。

 ズゴゴゴゴォ、ドゴォォン

 すぐに大岩は谷へと滑り落ち、斜面の木々をし折っていった。

 土煙が収まった後には大岩の右半分を残して開けた山道が姿を現した。

「すごい……」

 ニアがつぶやき、ルーナが思わずごくりと喉を鳴らす。

「据え物相手なら俺の腕もまんざらでもないだろ?」

「セオ殿、その剣はいったい……」

「あ、俺の腕じゃなくて剣のおかげってバレた?一応、魔剣だからな。当たれば切れ味は半端ないんだよ」

 笑ってごまかす。

「ニア、行こ?」

 大岩には興味のないダエナが少し先で誘うように振り向くリーを指さしてニアの袖を引く。

「そうね。セオ、ルーナ、急ぎましょう」

「はっ」

 ルーナはまだ何か言いたそうだったが、あるじの呼びかけに応じて歩き出した。


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