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シーマの家

 村人から教わったシーマの家を探して村の東側の外れまでやってきた。

 村のそばを流れる小川に近く、呪毒の影響を受けやすい場所だ。畑の大半は荒れていて、わずかに家のそばでいくつかの野菜を育てていた。シーマが端正込めたせいかだろうか、しなびた葉が多い中でもいくつかのウリカボチャの実がっているのが見える。

 ウゥゥゥ

 畑に近づくにつれてリーが警戒の唸り声を上げる。

「どうしたの、リー?お行儀良くして」

 ガウゥ~、バウッ

 ニアがなだめようと体に回した腕を振り払って、リーが突然走り出した。

「やめて、リー。ダメよ、そんなの!」

 リーはウリカボチャの一番大きな実にかじりつき、乱暴に首を振って引き千切ると涎を巻き散らしながら食い散らかした。

 ウゥゥゥ

 さんざん食い散らかしたあとでリーがよろめいて地面に伏せた。苦しそうに呻きながら荒い息を吐く。

「リー、いったいどうしちゃったの?」

 近寄ろうとするニアをルーナが制止する。

 リーフウルフの突然の乱暴とその後のぐったりした症状にニアはおろおろとするばかりだ。

「よく見な」

 リーが食べた実の断面がどんどん黒く変色していく。ウリカボチャはやがて悪臭を放つヘドロのように溶けてしまった。

「これは……リーが作物を溶かした?」

「リーフウルフは浄化能力を持つという。その毛を煎じて飲めば万病に効くと言われるほどさ。リーが溶かしたのは毒の成分だ。よく熟した作物は呪毒を最大限に蓄積している。人間が口にすれば無事には済まないだろう。リーにはそれが分かるから自分が食べることで毒を浄化しようとしているんだ」

「じゃあ、村の畑をリーフウルフが荒らしたのは……」

「ああ。人間や他の生き物に害が及ばないよう、呪毒を多く含む作物を排除しているのだろう。だが、これはただの毒じゃない。呪いが生み出す毒だ。リーフウルフといえども完全には浄化できないようだ」

「リーがあんなに汚れていたのはそのせいなのね。自らを犠牲にして村の人達を毒から護ってくれているのに、みんなからは害獣のように嫌われているなんて……」

「そうだな。しかし、リーフウルフも限界に近いようだ。このままではこの村が滅ぶのも時間の問題だな」

「何とかならないの?」

「この量の呪毒が自然に発生するはずがない。きっとどこかに呪毒を垂れ流している元凶がいるはずなんだ。元を絶つことが出来れば何とかなるかもしれないが……」

 こういう調査や対策は本来政府や冒険者ギルドに依頼を出して専門家が当たるレベルの高難度クエスト相当だ。

「だれかいるの?おねえちゃん?」

 家の中から幼い子供の声がして、戸口が少しだけ開く。

「家の前でうるさくしてごめんなさい。おねえちゃんたちはお母さまの様子を見に来たの」

「おねえちゃんのおともだち?」

「いや……」

「そうそう。宿屋のご主人に聞いてね。シーマちゃんのお母さんのお見舞いに来たんだ。お母さん、いるかな?」

 真っ正直に赤の他人だと言い出しそうなルーナを遮って適当な話をでっち上げる。

 いやいや、商人だから嘘をつき慣れているってわけじゃないぞ。噓も方便っていうだろ?

「おねえちゃんが帰ってくるまでだれも入れちゃいけないって言われてるの」

「そっかぁ、シーマおねえちゃん、お出かけ中か。しまったなあ、お母さんのお薬を持ってきたんだけど入れ違いになっちゃったか」

「おかあさんのおくすり?おかあさん、なおるの?」

「ああ。すぐにとはいかないが、きっとよくなるよ。だからちょっとだけ、お母さんに会わせてもらえないかな?」

「……」

 幼い男の子が俺たちの顔を順番に見ながら考え込む。だますようでちょっと罪悪感に駆られるが、これもこの子のためになることなのだからと笑顔を絶やさないようにした。

「うん、はいって」

 最終的にはニアとダエナの心配する顔を信用することにしたらしい。

 ひとりで来なくてよかった……。


 明かりもなく薄暗い家の中で唯一扉のある部屋に案内される。扉には外から心張り棒が噛ませてある。

「ここだよ。でもおかあさんがあばれるからあけちゃダメなんだ」

「わかった。きみはそこで見ていて。ルーナ、すまないがお母さんが怪我しないように確保してくれ。ニアはダエナとその子といっしょに少し離れているように」

「わかったわ」

「わかりました」

 俺は心張り棒を外して扉をゆっくり開けた。背中の大剣の留め金を外す。

 シーマの母親は粗末なベッドで眠りこんでいた。

 すでにミイラと見間違うくらいに痩せ細っている。

 床には干からびた食べ物がいくつか散らばっている。よく見ると部屋にはベッドと毛布しかなく、投げつけられるような小物はすべて片づけられていた。

 俺たちが近づく気配に気づいて母親が目を覚ます。

「ううう」

 ぎょろりと目をむき、引きつって開いた口の端から涎がこぼれる。

「奥様、御無礼をお許しください。少しの間、拘束させていただきます」

 もがくようにして起き上がろうとする母親にルーナがすばやく近づいて身動きできないように押さえつけた。

「おかあさん」

 男の子が不安そうに声を上げる。

「すぐに済ませる。ニアはその子を見ていてくれ」

 返事を待たずに大剣を抜く。刃が母親やルーナに当たらないように剣の腹を向けて慎重に掲げる。

 心の中で『やってくれ』とつぶやく。

 目に見えない青白い炎のようなオーラが大剣から立ち上がり、緩やかに踊る。

 それに呼応するように母親の目や口や鼻の孔から黒い靄が滲みだす。

 それらがうねるように渦を巻き、細く伸びて大剣へと吸い込まれていく。

 最初は身をこわばらせていた母親の体から次第に力が抜けていく。

 黒い霧がすっかり吸い出されたころには母親は穏やかな寝息を立てていた。

 土気色だった肌は血の気が戻ったというにはまだ足りなかったが、死者よりは幾分ましな 透明感のある青白い色に変わっている。

「おかあさん!」

 男の子が駆け寄り声を掛ける。

 母親は薄く目を開けてわずかに微笑むとまた寝息を立て始めた。

「もう大丈夫だ。まだ完全に治ったわけじゃないけど、食事をとればすぐに回復するだろう」

「うん。おねえちゃんにも教えなきゃ」

「シーマおねえちゃんはどこかな?」

「おかあさんのおくすりをさがしにいったよ」

「どっちに行ったかわかるかい?」

「おやまのほうにいったよ。あっ、でもおとなにはないしょだって。ぼく、ないしょにするの、しっぱいした?」

「だいじょうぶだよ。おねえちゃんが言っていたのは村の大人たちのことさ。俺たちは遠くから来た旅人だから問題ないよ」

「よかった」

「それと、これを渡しておこう。おねえちゃんが帰ってきたら、これをお湯で煎じてお母さんに飲ませるように伝えてくれ。お母さんの病気に聞く特効薬だよ」

 若草色の松葉のような針状の葉を数本、紙に包んで渡す。リーをブラッシングしたときに確保したリーフウルフの抜け毛だ。

「ありがとう、おじさん」

 うっ

「じゃあ、()()()()たちはシーマおねえちゃんを探しに行くことにしよう。もし入れ違いでおねえちゃんが帰ってきたら、忘れずにお薬を渡すんだぞ」

「わかった」

 みんなが男の子にひとしきり励ましの声を掛けて部屋を出る。最後にダエナが母親の手をそっと撫でた。

 もうこの心張り棒はいらないだろう。

 俺は部屋の扉を薄く開けたままにして、シーマの家をあとにした。


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