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アズヒト村

 久しぶりの人里だったのでここでこの先の旅の準備を整えることにした。

 俺は午前中は手持ちの商品を並べてこぢんまりとしたバザールを開き、日用品を現金や旅の消耗品に変えるついでにこの村の情報収集をした。

 ここはアズヒト村というらしい。モルヴァーン郡の北部山地に位置し、もともとはきれいな水が生み出す質の良い農作物が名産の比較的裕福な農村だったそうだ。

 それがおかしくなり始めたのが五年ほど前だ。水源のある山のほうで大規模な崖崩れがあって、生水のまま飲めるほどの水質を誇っていた川が濁りを帯びるようになったという。

 最初の異変は川の水が生臭くなったことだった。

 やがて村の農作物の育成が年を追うごとに悪くなり、草丈は短く、結ぶ実は小さくなる一方になった。このようなことは初めてだと誰もが首をかしげながら、それでも何とか食べていけるくらいの作物は作れていた。

 領主が代わった三年前から事態はさらに悪化した。

 今度は体調不良を訴える村人が急増したのだ。これといって原因があるわけでもないのにずっと咳が止まらない者、倦怠感が強く食欲がわかない者が増え、中には寝たきりになってしまう重病者もいた。

 季節の変わり目に頻繁に風邪が流行るようになった。体力のない老人は冬を越せずに亡くなることも多くなった。

 そんな中、新領主が税率を上げて厳しい取り立てを行うようになり、アズヒト村は困窮していった。村を覆う重苦しい空気を嫌って都会へと出ていく若者が増え、村は活気を失う一方だった。

「そのうえ、最近野犬が農作物を荒らしてねぇ。あいつら、良く熟れた野菜や果実ばかりを狙って食い荒らすんだ。だからまだ実が固いうちに収穫するしかなくてな。安値で買い叩かれちまうし、自分達で食べる分もまだ青くてまずいものばかりさ。うんざりするぜ」

「ずる賢い連中さ。姿を見ることは滅多にないんだがね。見回りの隙を突くように畑を荒らすものだから、いつも駆けつけたときにはせっかくの野菜が滅茶苦茶にされてちまっているのさ」

「俺ぁ、見たことあるぞ。どいつもこいつもガリガリに痩せ細っていてねぇ。全身に油じみた汚れがこびりついていてそりゃあ酷い臭いさ。あれは絶対に悪い病気を持っているに違いないよ」

「ヘルマーンさんのところの奥さんは連中に噛まれたせいで狂犬病みたいになっちまって。旦那さんが郡都に出稼ぎに出ているときに間が悪いこった」

「あそこはたしか子供が二人いなかったかい?」

「ああ、姉のほうは母親の看病をしながら小さい畑を耕しているよ」

「本当に、こんな不景気な状態がいつまで続くのかねぇ」

 じりじりと真綿で首を絞めるように追い詰められていく閉塞感に村人たちの表情は暗い。かといって具体的に何ができるわけでもなく、誰もが毎日を希望も見えないまま懸命に過ごしている。

「嫌な感じがするな」

(微量だが村中に呪いが染みこんでいるようだな)

「……原因は水か?」

 井戸の水さえ少し生臭い。煮沸すれば臭いは飛ぶから生活する上では問題にはなっていない。しかし水に含まれる悪性の成分が地面にしみ込み、年月をかけて確実に村人や農作物を汚染してるのだろう。普通の毒素であれば村人も気づけたはずだ。もっと劇的な症状が出れば郡政府に訴えて対策を講じることもできただろう。だが標的を定めない呪いのおりは人や生き物の体内に入り少しずつ蓄積していく。やがて病気の症状を引き起こして宿主の生命力を蝕んでいく。しかし表面に現れる病気の症状はまちまちで、同じ原因によるものだと気づく者は少ない。そうして遅効性の毒のように呪いが村を丸ごと死へと追いやるのだ。

「呪毒ってやつか。五年前から、というのが気になるんだが?」

(汝にしては鋭いな。正解だ。同じ臭いがする)

「うはぁ~、やっぱりか……」

 俺の旅の目的は二つある。

 一つはこの魔剣の呪いを解呪し、晴れて自由の身となること。

 そしてもう一つが、この魔剣の尻ぬぐいだ。

(その意見には賛成できかねる。公正に見て原因は汝の行いにあったと言えよう)

 ……。

 その話にはもちろん俺にも言い分があるが、いまさら言い合っても何も前進しないことは分かっているので今は議論はしない。

「とにかく、もう少し情報を集めてみよう」

 行商の店をたたんで宿に戻ると、馬小屋のほうで何やら騒ぎが起きていた。

「やめなさい!リーに手を出さないで!」

「こいつの仲間のせいで畑がダメになったって大人が言ってたもん」

「証拠でもあるの?」

「こいつらオオカミのくせにトウモロコシやトマトをぐちゃぐちゃに噛んでダメにしてしまうんだ。こいつらの噛んだ野菜はみんな変な色になって腐っちまうんだ」

「そうだそうだ。シーマの母ちゃんだって、そいつらに噛まれて頭がおかしくなっちまったんだぞ」

「……そんなこと、ないもの」

「ふん、知らないくせに」

「そうだそうだ。よそ者のくせに」

 そういって村の子供の一人が石を拾って投げる素振そぶりを見せたとき、はじめてルーナが前にずいっと進み出た。

「そこまでだ。子供だとて、ニア様に手を上げる者は許さぬ」

「ヒエッ」

「わぁっ」

 村の子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「ねえ、ルーナ。リーは悪い獣なの?」

「わかりません、姫様」

 そんなことはない、と慰めてもいいところなのにルーナは正直に告げた。自分が知らないことを適当にごまかしたりしない。それは信頼がおける美点だが、このシチュエーションではさすがに頭が固すぎるのでは?と思う。

「わかったわ。ならば事実を調べに行きましょう」

 守護騎士も堅物なら主も堅物ということらしい。こりゃあ、危ないからやめておけといっても止まらないだろうなぁ。

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