リーフウルフ
◆◇◆
「やはりここ三日ほど、人通りはないようです」
「どういうことだ?この旧道はダール峠まで一本道のはずだ」
カーヴィ元将軍が地図を睨みつける。
峠道を下りてくる荷馬車一台を拿捕する。簡単な仕事のはずだった。
「邪術で行方をくらませたか……」
邪術で抵抗された場合はこちらにもそれなりの損害はあるだろうと予想して一個中隊を率いてきたが、まさか逃げられるとは。煙のように消える邪術でも使ったか。
「飛んで逃げたか、森に隠れたか。いずれにせよそう遠くへは行っておるまい。中隊長、隊を分けて近隣の道を片っ端から探れ。見つけた場合は距離を取って追跡しつつ、本体に伝令を送るよう指示しておけ」
「ハッ」
敬礼をして士官の一人が出ていく。
小隊に分割すれば各個撃破される可能性がある。ここはひとつ、こちらに有利な開けた場所に誘導して仕留めるか。
カーヴィ元将軍はもじゃもじゃ髭の顎に手を当てて思考を巡らせた。
◇◆◇
ゴトゴトと進む幌の中はブルーマロウの爽やかな香りに満たされていた。
せっかくニアが魔法で咲かせた花だからドライハーブにしようということになったのだ。季節を先取りした商品は人気があるし、記念に少し持って帰るのもいい。そういうわけで、ニアが咲かせた一株のうち半分くらいの花を茎ごと刈り取って糸で縛り、荷馬車の幌を支える梁の部分からぶら下げてある。州都に着くころにはドライフラワーになっているだろう。
ちなみに花を摘む量を一株の半分にしたのは、ダエナが猛然と抗議したからだ。
俺としてはタダで仕込める商品在庫は多いほうがありがたいので全部摘んでしまいたかったのだが。頬をふくらませ両手を広げて立ちふさがれては、この商隊のオーナーにしてリーダー兼雑用係である下っ端の俺が逆らえるはずもない。
ルーナの傷は回復魔法が効いたようで、多少ひっつれるような痛みがあるが武器を振り回しても傷口が開くようなことはないようだ。いまは自分の愛馬にまたがってグラニと並んで歩いている。
ガサガサ
「むっ。何やつ?」
ルーナが馬を止めて誰何の声を上げる。
ガサガサ
繁みから出てきたのは薄汚れた一匹の野犬だった。
グルルルル
牙をむきだして威嚇のうなり声を上げている。
「近寄るな。狂犬病を持ているかも知れない」
「排除します」
ルーナが曲剣を抜いて馬を進める。
「待ちなさい、ダエナ」
ニアの声に驚いて振り向くより速く、御者台の後ろを小さな影がすり抜けていった。
野犬に駆け寄るダエナを追いかける。が、手綱を置くひと手間の分だけ遅れてしまった。止める間もなく野犬に手を差し伸べるダエナの姿に最悪のシーンの想像が重なる。だが、野犬は牙を引っ込めて戸惑うように手のひらの匂いを嗅いでから、ぺろぺろと舐め始めた。
やっと追いついたセオの安堵の溜め息に、ダエナが心配し過ぎよという表情を向ける。
「この子、怪我をしているの」
「どれ。ううむ、ひどい怪我だ。火傷のようだが……」
後ろ脚に巻き付くような傷口があり、毛皮が剥け皮膚がどす黒く爛れている。だが無事な部分に焦げ跡のようなものない。火による火傷ではなく、強力な毒液か何かで出来た傷のようだ。
(ただの毒ではないな。呪いが含まれている)
「ダエナ、こいつを暴れないように抑えていられるか?」
「うん」
ダエナが野犬の頭を抱きかかえるようにして目隠しをする。
俺は背中の大剣を抜いて、野犬を傷つけないようにそっと傷口に剣の腹をあてがった。
シュウゥゥ
患部からどす黒い靄が立ち昇って剣に吸い込まれていく。
野犬はビクリと身をすくめたが、ダエナがなだめるように耳元で囁くと大人しくなった。
「だいじょうぶ。ほら、痛くないでしょ?セオ、この子に水をあげたいの」
「私が持っていくわ」
荷馬車から様子をうかがっていたニアが話を聞きつけて木の器に汲んだ水を運んでくる。
「姫様、人馴れしているようですが野生動物です。お気をつけて」
「わかっているわ」
俺は馬上で周囲の警戒に当たっているルーナにうなずいて、野犬が子供たちを傷つけないよう見守る役目を引き受けた。
「はい、お水よ。たんとお飲み」
野犬はダエナの腕から這い出して、ニアの前に置かれた器に顔をうずめるようにして水を舐め始めた。
「よほど喉が渇いていたのね」
必死の勢いで水を飲む野犬の頭を優しく撫でる。
「あら?あなた、緑色の毛並みをしているのね」
「緑の毛並み?」
薄汚れていて気付かなかったが、汚れの下には光沢のある新緑色の美しい毛並みが隠れているようだった。
「驚いたな。こいつはリーフウルフの子供だ」
ダエナが抱えきれないほどの体躯で仔犬と呼ぶには大きいが、顔つきにはあどけなさが残る中犬といったところか。
「リーフウルフ……」
「ねえ、セオ、連れて行っていいでしょ?怪我をしているし、体も洗ってあげなきゃ」
「う、」
「私からもお願いするわ」
「ううむ」
参ったな。確かに放ってはおけないが。
リーフウルフは見かけはオオカミだが草食性の大人しい性格だ。旅人の道案内をすると言われており、森に迷った者を安全な道へ導く存在とされている。同行しても危険はないだろう。だが。
リーフウルフは伝説の獣と呼ばれるくらい個体数を減らしている。美しい毛皮が上流階級に好まれ乱獲されたのだ。この森にリーフウルフが生息していると知られると、また同じような悲劇を招くかもしれない。連れ立って歩くのがこいつのためになるのかどうか……
「セオ殿、日暮れも近い。先を急ぎましょう」
「ええい、わかった。ニア、ダエナと一緒にきみが面倒を見るんだぞ」
「もちろんよ。セオ、ありがとう」
「さあ、さっさと撤収して出発するぞ。近くに村があるといいが。今日あたりどこか人家で休みたいからな」




