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誕生日

 二人でブルーマロウの茂みに近づく。

 つぼみは摘むよりも枝に付いたままのほうがこの魔法は成功しやすい。手本を見せるようにつぼみを両手で包み込む。

「触れている必要はないが、このつぼみが咲いている姿をしっかり想像して霊的存在メノグにお願いするんだ。『花を見せて』って」

「やってみる」

 ウーンと唸りながらしばらく試したが、つぼみに変化はなかった。魔法がどのように働くかは言葉ではなかなか伝わらない。一度成功すればあとは他の魔法でもどんなふうにやればいいかはなんとなく理解できるのだが、初めの一歩のハードルが高いのだ。

「ダメみたい。適性が無いのかしら」

「ははは、一発で出来たらむしろ天才だよ。何度も試して工夫して、ようやく出来るようになるのさ。一度であきらめてちゃ、出来るようにならないぜ?」

「わかったわ。がんばってみる」

 ウーン、ウーンと唸るニアを不思議そうに見ていたダナエがそばに寄っていく。そのまま見守っていると、ダエナがニアの手にそっと小さな手を添えた。

 暖かな光のようなものが二人の小さな両手から広がる。

「わあ」

 包み込んだ花が美しい紫紅色に開く。変化はそれだけにとどまらず、周囲のつぼみが次々と花開はなひらいていく。

「すごい……」

 いつの間にかそばに来ていたルーナがつぶやく。

 最終的に一株すべてのブルーマロウの花が咲いていた。

「すごいな。ニアは植物の魔法に適性があるんだな。それにしても初めてでこれほどとは。まだ十一歳だし、きちんとした教師に付けば相当な腕前になれると思うぞ」

 ニアは嬉しそうに微笑みながら、少し拗ねた表情で上目遣いに言った。

「私、もう十二歳よ」

「えっ、そうなのか?」

 確かめるようにルーナを振り向く。

「はい。ちょうど今日が誕生日ですね」

「それは気が利かなくてすまない。お誕生日おめでとう」

 セオの言葉に合わせてダエナもニアに抱きついて祝福する。

「ありがとう、セオ、ダエナ」

「とはいえ、こんな山の中じゃおもてなしもできないな。かなり物足りないが、ブルーマロウ・ティーでお祝いしよう。さっき渡した花をくれないか」

「どうするの?」

「フレッシュハーブティーを入れようと思って……」

「ダメよ!これはダメ。新しい花を摘めばいいじゃない」

 キッと睨みつけて花を包み込んだ手を俺から遠ざける。

「うえっ、そんなに怒らなくっても」

 摘んだ花なんてどうせすぐにしおれてしまうんだからお茶に使ったほうが有効活用になるのに、などと考え事をしながら新しい花をいくつか摘む。ふと視線に気づいて顔をあげると、しゃがみ込んでほおづえをついたダエナと目が合った。

 俺だけに聞こえる小さな声でつぶやく。

「乙女心が分かってないわね」

 そしてツンと顔を背けてニアたちのほうへ走り去った。

 俺は鼻白んだ表情を張り付かせ、訳が分からないまま沸騰した薬缶のほうへと戻った。


 荷台から木箱を取り出してきて布をかぶせ、簡易的なテーブルにする。

 他にも板を渡しただけのベンチや、腰かけ石を用意して臨時のお茶会の始まりだ。

「風車の村で仕入れたビスケットだ。お誕生日くらい贅沢したっていいだろう」

 湿気除けの魔石を仕込んだ缶を開けて木皿にビスケットを盛る。

「わーい」

 ダエナが真っ先に手を伸ばす。

「これこれ、主役が先だよ。ニア、お誕生日おめでとう。盛大なパーティは州都に着いてからお母さんと一緒に楽しむとして、今日のところはこれで我慢してくれ」

「ありがとう、セオ。いただきます。……うん、美味しい。今までで一番美味しいビスケットだわ」

「行商人殿、わたくしからもお礼を申し上げます。姫様のためにこのような心配りをしていただき、感謝に堪えません」

「いやいや、お構いなく。ルーナさんも顔をあげてください」

 腰を折り深々と礼をするルーナさんに両手を振って頭を上げるようお願いする。

「なあに、その堅苦しい挨拶は。ルーナもいつまでそんな呼び方をしているのよ」

 ニアがあきれ顔でこちらを見ている。

「ですが、正式なご紹介を受けておりませんので……」

「あわわ、それは失礼しました」

 そういえばルーナさんとは戦闘中に合流してからドタバタしていて自己紹介がまだだった。「なによ、もう。こんな場所まで堅苦しい作法を引きずることないのに。でも紹介していなかったのは私の落ち度ね」

 ニアが立ち上がってスカートを払い、簡易テーブルを回り込んでくる。

「ルーナ、セオ・マーフィよ。セオ、私の守護騎士、アルーナ・アルベダール卿よ。はい、おしまい。もう、手間を掛けさせないでよね」

 ニアは怒っているというよりもあきれが七割以上を占める態度で席に戻っていく。

「セオ・マーフィだ。セオと呼んでくれ」

「姫様よりご紹介に預かりましたアルーナ・アルベダールです。以後お見知りおきを。私のことはルーナとお呼びください」

「はい、ルーナさん」

「いえ、ルーナと呼び捨てでお願いします」

「いや、でも高貴な身分のお方を呼び捨てにするわけには……」

「私はこの通り怪我をして満足に動けるかどうかも怪しい身です。この隊のリーダーは貴方だ、セオ殿。立場を明確にする意味でも、ぜひ呼び捨てでお願いします」

「そうかもしれないが……年長者の淑女を呼び捨てにするわけには……」

「年長者?」

 ルーナの姿勢がピキッと固まる。

「何を言っているの、セオ?あなたは二十五歳でしょう。ルーナのほうが二つも若いわよ」

「えっ?えっ?」

 ニアの台詞に驚いて振り返り、さらに驚きのままルーナを二度見した。

 『ぜひ』と告げたときの姿勢のまま、ルーナが固まっている。

 まずい。やっちまった。人の年齢を当てるのが苦手なほうだという自覚はあったが、こんなにド直球でやらかしてしまうとは。

「し、失礼しました、ルーナさん。あ、いや、ルーナ、と呼び捨てにさていただきます」

「ええ、はい。分かっていただけたならありがとうございます」

 なんだかピキピキと青筋が立っているようなオーラを放ちつつ、ニコリと笑って握手の手を差しだしてくる。

 握り返してくる手に必要以上に力がこもっていたような気がした。


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