ブルーマロウの花
関所を通過してから二日、俺たちはモルヴァーン郡の北部山岳地帯のふもとをなぞるようにして西を目指していた。
当初の予定ではダール峠から西に向かってカフサ平原をまっすぐに突っ切る旧街道を行く予定だったんだけど。関所からの追手を警戒して逃げ込んだ森の避難所のような広場は、朝起きるともと来た道がなくなっていた。その代わりに広場の反対側に新しく出口が出現していた。不思議な道をたどった先は、元の山道とは別の田舎道に続いていた。どうやら森を突っ切って北側に出たらしい。
このあたりの地図は持っていないな……どうしたものか。
「こっち」
治療のために荷馬車で休ませているルーナさんと入れ替わりで御者台に座っているダエナが右方向を指す。
「こっちの方角がアウナーラへの近道なのか?」
「うん。こっちがいい」
ふむ。太陽の位置から考えると右手は北西の方角のようだ。大まかにいえば西に向かっていけば州都アウナーラへは近づくはずだし、いいだろう。分かれ道で俺が判断した場合、どんな悪い目に当たるかわかったものじゃないからなあ。
その後も何度か分かれ道が現れるたびに、ダエナが指す方向へと進路を取った。
ちょっと遠回りしている気がするが、追手があることを考えると迂回するのは間違った判断ではなさそうだ。おかげで今のところ追手の気配はない。人の住む村にも出会えていないけど。
「セオって魔法も使えるのね」
いまは御者台の隣にはニアが座っている。ダエナは午後のお昼寝の時間だ。
「まあな。自慢じゃないが、ニアくらいの年頃には熱心に勉強したんだぞ。冒険者が覚える基礎的な魔法がほとんどだけどな」
「ほんと?じゃあ私も魔法を覚えられる?」
「ああ、覚えられるさ。上達するかどうかは本人の適性と努力が必要だけどな」
「適性……」
「火の魔法が得意なヤツは水魔法が苦手だったり、どんな攻撃魔法も得意だけど回復魔法だけはからっきしだったりとかあるからな」
「なにが得意かどうやったらわかるの?」
「そうだなあ。なんとなく自分に向いているものってわかるらしいぞ。魔法ってさ、自分の力で何かをするっていうんじゃなくて精霊に力を借りるっていうか、対象の霊的存在に語り掛けるっていうか、なんかそういう仕組みなんだよ。だから自分が想像しやすいものとか親しみがあるものは得意分野になりやすいそうだ」
「うーん、よくわかんないわ」
「俺の幼馴染なんか、やたら火が好きでさ。小さいころはよく部屋のランプの炎を眺めてたんだそうだ。火起こしも上手いし焚き火の扱いも俺たちの中では一番だった。親の手伝いでロウソク作りもやっていたし、とにかく好きなものすべてが火に係わるものだったな。そいつは魔法を習うとき、火魔法一択だったよ。あっという間に大人も顔負けってくらい上達して、高レベルの魔法を使いこなしていたっけ。もっとも、子供の体力じゃ高レベル魔法の連発なんて無理だから冒険者レベルを上げるには地道にクエストをこなしていく必要はあったけどな」
「セオはどうだったの?」
「俺は、まあいろいろ試したかな。俺は冒険そのものが好きすぎて武器も魔法もなんでも手を出す感じだった。どれも教師がびっくりするくらいにすぐに覚えるんだけど、手広くやっているものだから一つずつの鍛錬になかなか時間が割けなくてね。仲間からも器用貧乏ってよくからかわれたよ。ギフトスキルをもらったら、それに合った技術を中心に鍛錬しようと考えていたんだがなあ」
「あ……ごめんなさい」
「ニアが申し訳なく思うことじゃないよ。ただまあ、当時はやっぱり辛かったかな。魔法は高レベルになるほど成功確率が小さいからさ、俺の『不運』スキルが効いてどうしても上手く発動できないんだ。発動できないから経験が積めない。経験が積めないからレベルが上がらない。レベルが上がらないから発動できない。そんなわけだから魔法の鍛錬は早々にあきらめた……。ああ、でも戦闘中じゃなければじっくり時間がかけられるから、この前みたいなちょっとした治療なんかには魔法は使えるんだ。これが意外と旅の生活には役に立つんだよね。ははは……」
「……」
なんかしんみりしてしまった。いかんなぁ。大人が子供に気を遣わせちまっちゃ。
「そろそろ休憩にするか」
ちょうど広くなった場所があったので馬車を停めてグラニを休ませる。
ルーナもずっと同じ姿勢では固まってしまうからと荷馬車から降りて体を動かし始める。すぐ横でダエナが同じ動作を真似していてやりにくそうだ。見ているほうは微笑ましくて面白いが。
俺はお湯を沸かす準備を進める。
女子が三人もいるが、この中で家事スキルを持っているのは俺だけなんでね。
最近は人数が多くなったので一人用の携帯コンロではなく鍋用のストーブを取り出す。
細かい枝を短く折って詰め込む。
火口になるように短く切った古い麻縄をほどいて綿状に丸める。
「ニア、見ててごらん」
「何をするの?」
軽く目を閉じて人差し指で火口を指さす。
「『火の精霊』……」
ポッと可愛い音を立てて火口に火が点く。
「わあ!あら、でも消えてしまうわ」
両手の平を小さく起こった火に向けてつぶやく。
「『風の精霊』……」
そよ風程度だが、空気が動いてストーブの中に酸素を送る。
火口はすぐに燃え尽きるが、その前に小枝に火が移り、すぐにパチパチと小さく爆ぜる音が聞こえてくる。
「やった、点いたわ」
少し太めの枝を短く折って四、五本くべてからストーブの五徳に薬缶を乗せた。
「どれも専用の道具を使ったほうが速いし確実だけどな。魔法でしかできない事なら……こんなのもあるぞ」
俺は近くにあった草むらからつぼみを手折ってニアの鼻先に差し出しす。青臭い匂いがしてニアの鼻にしわが寄るのも構わず、頭の中でつぼみの霊的存在に願いかける。
「ねぇ、これがどうしたの?」
しっ、と指で合図して魔法を継続する。
やがてつぼみが見えない光を帯び始め、ゆっくりと開き始める。
「わあ」
つぼみは摘んだ指の先で成長し、四センチメートルほどの花を咲かせた。
細長いハート型をした紫紅色の花弁が五つ。
「いい香り。とても綺麗ね」
お椀の形に広げた手にそっと置く。
「ブルーマロウだな。きみにあげるよ」
少し驚いた表情になってからはにかんだような笑顔を浮かべてうつむく。
「紫っていうか濃いピンク色なのに名前はブルーなのね」
「こいつは食べられる花でね。サラダに入れたり乾燥させてハーブティーにしたりするんだが、煎じると透明な青色のお茶になるのさ。喉に良いらしいよ」
「セオって本当にいろいろ知っているのね」
「一応、商売人だからな。商品知識は重要な武器だ。ハーブティーはときどき仕入れることもあるし」
「それでもすごいわ。ありがとう」
「さっきの魔法は植物の生長を促す魔法だよ。回復魔法に近い魔法だけど、意外に適性のある人は少ないんだ」
しばらくブルーマロウの花を見つめていたニアが顔を上げた。
「私にもできるかな?やってみたい」
「お、やってみるか?自分にはできるっていう気持ちが大事だしな」




