魔剣ヘシェム
「では、あの大剣は?」
「あれは、まあ、ちょっとした事情があって持ち歩いているんだ。ていうか、俺だけにしか触れられない代物なんだ」
普段は大事な預かりものだとか、自分の商品で一番値の張るものだからという言い訳でごまかしているが。
真実を話したら警戒されるだろうか?
相手は幼いとはいえ貴族だ。宗教的な戒律には厳格だろうし、むしろ取り締まる側の人間といっていいだろう。俺が最も警戒しなければならないのは追剥でも悪徳貴族でもない。異端審問官なのだから。
だが、この先、彼女たちの庇護が必要になりそうだ。胸襟を開いて俺の事情を話しておくべきだと感じる。袂を分かつにしても、早いほうがいい。
「この剣は呪われているんだ」
「呪い?」
ニアが息を飲み、ルーナの表情が曇る。
「魔剣ヘシェム。それがこの大剣の名前さ。聞いたことはあるかい?」
二人が首を振る。
「とあるダンジョンで拾ったんだが、そのときに呪われてね。俺はこいつ以外の武器が装備できない。そして、俺以外の人間がこいつに触れることもできない。無理に掴もうとすると電撃が走るんだ。そんな危なっかしいものを放り出しておくわけにいかないだろう?だから仕方なく持ち歩いているってわけさ」
「相当な業物だとは思いましたが、呪いの魔剣でしたか。むしろ聖剣と言われても納得する美しさでしたが」
悪が禍々しいものだけとは限らない。中には美しさで魅了するものもある。悪の本質は見かけではなくその行為にこそ反映されると俺は思っている。
「まあね。なかなかに見栄っ張りな奴だからな、この剣は」
「魔剣って、その、危なくないの?」
「そうだな。悪人の手に渡れば不味いことになりかねないくらいには強力な剣だと思うよ。でも俺の手にあるうちは大丈夫だ。なんせ、振っても当たらないんだから」
こういうのを割れ鍋に綴じ蓋って言うんだろうなあ。最初の頃は自分の運の無さをおおいに嘆いたものだ。だけど、冒険者稼業をあきらめてこうして何年も旅をしているうちに、吹っ切れたというか馴染んだと言うか、これが今の役割なんだなと納得しているところがある。
(偉大なる吾と劣弱なる汝を同列に置くのは片腹痛いが、半身として馴染んできたのも事実ではあるな)
恐ろしいことを言うなよ。俺はまだあきらめていないからな。おまえを手放すことを。
(ふむ。せいぜい励め。そして吾を楽しませよ)
「俺はこの魔剣の呪いを祓う方法を探して旅をしているんだ」
まあ、その前に公女誘拐の嫌疑を晴らして行動の自由を確保しないといけないんだけどね。
「そういう事情でしたか。そのようなご苦労を背負われた身で姫様をお守りいただいた恩人に、私は刃を向けようとしていた……。申し訳ありませぬ」
ルーナは俺の身元に納得をしてくれたようだ。もっとも、怪しい行商人から呪われた行商人になって格上げなのか格下げなのかは微妙だが。
「気にしないでくれ。こちらも助けられたんだから」
「グリフィンを追い払ったのもその魔剣の力なの?」
「いや、そっちはグラニの手柄だよ」
名前を呼ばれてグラニの耳がくるりとこちらを向く。だが、ただの世間話と判断して再び足元の草を食み始めた。
「グラニ殿のひと睨みでグリフィンが怯んだように見えました。彼にも何か秘密が?」
秘密はあるが、そこまで手の内を晒すのもどうだろうかと口ごもる。
「もしかして、あの精油のせい?」
「精油、ですか。爽やかな良い香りでしたが、何か特殊な薬品だったのでしょうか?」
「あれはローズマリーから抽出したただの香水の原液だよ。普通は薄めたり他の原料と混ぜ合わせて香水にするんだ。原液のままでは人体に強すぎるが、それってつまり他の動物にも効果があるってことなんだよ。グリフィンはとても鼻が利く。それこそ何キロメートルも先から獲物の存在を嗅ぎつけるほどにね。だから逆に嗅ぎ慣れない強い臭いは忌避するというわけさ」
「それでグラニ殿やクリステルは無視して、領主軍の馬を襲ったのですね」
「そういうこと。馬とは違う変な匂いにグリフィンが警戒したんだ。ヤツは獲物を十分に屠ったことで満足したからそれ以上のリスクを避けたんだと思う。グリフィンといえども野生動物みたいなもんだからな」
「それにしてもグリフィンにも動じないグラニ殿の胆力はたいしたものです」
「ははは、こいつも頑固者だからなあ」
「そんなことないわ。私たちを守ってくれたのよね?ありがとう、グラニ」
ニアの言葉にグラニが尻尾を大きく振って答える。どういたしまして、といっているようだ。
「セオ、州都に着いたら神殿の偉い人を紹介するわね。大司教様なら、剣の呪いなんかぱぱっと解除出来るはずよ」
「ははは、ありがとうよ。だけど約束してくれ、ニア。呪いの剣のことは俺から話すまでは誰にも話さないと。誤解されたらいろいろとまずいからさ」
「わかったわ。セオの秘密は誰にも漏らさない。ルーナも誓いなさい」
「御意にございます。姫様に誓って秘密を守りましょう」
「助かるよ」
こうして、モルヴァーン郡での最初の夜は更けていった。




