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黒幕たちの憂鬱

「公女様が西のダール峠の関所を破ってモルヴァーン郡へ逃亡したとの報告がありました」

 ヤフヤール郡宰相の言葉にアードルナーン子爵が眉を寄せる。

「関所破りは重罪だ。なぜ公女様がそのような行いを?」

 そもそも公女様はわがアードルナーン子爵家の客分の身であることは知れ渡っている。関所を通りたければ、身分を明かしてただそのまま素通りすればよい。どのような事情があるのか現時点ではわからぬが、関所破りなどという暴挙に出る理由が思い浮かばない。

「東へ捜索に出ていたはずの守護騎士が合流して関所を守る兵士を討ったという証言もございます」

「方角が真逆ではないか。もしやひそかに隠れて合流し、関所を破る算段だったということか?」

「公女様保護のために出向いていた軽装騎兵の小隊が関所を抜けた公女様一行を追跡したのですが、同行する妖術使いにグリフィンをけしかけられ全滅したとの報告もあります。こちらは目撃者が死亡して詳細は未確認なのですが」

「正規兵が越境した上に全滅だと?」

「はい。いまのところモルヴァーン郡側には知られていない様子ですが、領主ナーワルド男爵様の耳に入れば外交問題になりかねない事態です」

「いったい公女様は何を考えておられる。守護騎士が付いておりながらこのような事態を引き起こすとは。いや、守護騎士がこのようなことを画策すまい。となるとさらに上からの指示か……。イマーンの懸念が当たっていたということか」

 黒百合に似た花の甘い香りが強くなる。

「アードルナーン様。ここは拙速な判断は避けるべきかと。相手の狙いがはっきりするまで、兵力をそろえつつ今しばらく様子見をなさるのが得策と考えます」

「ふむ。イマーンが上申していた軍備増強の追加予算を承認して準備を進めさせよ」

「承知いたしました」


 ◇◆◇


「なにっ、取り逃がしただとっ!」

 ムタクシの報告を聞いていたイマーン卿が机を叩いて激高し、仁王立ちになる。

『ギャッ、ギャッ』

 オウムが物音に驚いて羽をばたつかせる。

「はい。ダール峠の関所に現れたとの報で護衛隊長の隊を向かわせたのですが……」

「あそこには増援を置いてあっただろう?外にはわしの手勢も潜ませていたはず。たかが行商人風情と小娘一人になぜ手間取る?」

「守護騎士と合流したようです。増援部隊はほぼ守護騎士一人に全滅させられた様子。また、生き残った兵によると、行商人はともかく荷馬が只者ではないと」

「は?馬?ただの馬に苦戦しただと?役立たずどもが。所詮は食い詰め者の山賊か……。ちょっと待て、護衛隊長も向かったと言ったな?あ奴も遅れを取ったのか?」

「はい」

「増援を含めて三十人だぞ?いくら守護騎士の腕が抜きんでていると言っても、そんな馬鹿な話があるか」

「護衛隊長の部隊はグリフィンにやられたようです」

「なっ」

『ギャーッ、ぐりふぃんダ、ぐりふぃんダ』

 オウムが空の王者の名前を聞いて落ち着きを失う。

「突然の襲撃で成すすべがなかったと」

 イマーン卿がどすんと椅子に腰を下ろす。

「グリフィンが。それなら公女も無事では済まないはず……」

「それが、無傷で現場を去ったと」

「訳が分からん。十人の騎馬巡察兵ミサールを全滅させる怪物だぞ?どうやって逃げおおせたんだ?」

「はっきりしません。護衛隊長は荷馬が睨みつけてグリフィンを追い払ったと証言しておりますが、魔物の襲撃で錯乱していたのかも知れません」

「役立たずめ、その者の首をねろ!」

『クビヲハネロッ、クビヲハネロッ』

「すでに処分済みです。現場に居合わせた者はすべて公爵令嬢配下の者の手にかかって死亡ということになっております。アードルナーン子爵へもそのように報告済みです」

「くそっ、兄上の疑念をマロウト公爵に向けさせる策はそれでいいが、肝心の公女が生き残っていては意味がないではないか。公爵に報告されれば首謀者がわしだとバレかねん。何としても公女を排除せねば」

「モルヴァーン郡内の手勢を動かします」

「む?あれは兄上の公爵への反逆を丁稚上げたあとに粛清を行うための戦力のはずだ。いま動かせば、兄上を無用に警戒させることになりかねんではないか」

「しかし、背に腹は代えられません。公爵令嬢の連れの行商人は邪術ヤートクの使い手の可能性があります」

「馬鹿な。悪神の王(アンラ・マンユさま)の眷属であれば我らの陣営ではないか」

「そうとも限りませぬ。悪神様方は互いに競われることがありますから。それに、邪術使いでもなければ、グリフィンを自在に操るなどできましょうか」

「ううむ……。邪術使いであればモルヴァーンの英雄と謳われたカーヴィ元将軍ほどの適任はまずいないが……大丈夫なのか?奴の邪術嫌いは有名だ。あまり刺激しすぎてこちらを疑うようになっては不味い」

「お任せください。彼は私が手ずから篭絡ろうらくした者です。完全にこちらを信用しきっております。そうそう我らのくびきを逃れられるものではありませぬよ」

「わかった。では手配りは任せる。だが、次はないと心得よ」

「重々承知しております。私も自分の命は大切ですから」

「ふん、わかっておればよい」

 もういけとばかりにイマーン卿が手を振る。

 ムタクシが礼の姿勢を取り、扉の前まで後ろ歩きで下がる。

 扉に向いたムタクシの顔には嘲るような表情が浮かんでいた。



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