グリフィン
彼らがいたはずの場所には、断ち切られた首から盛大に血を吹き出す馬の胴体と、その血だまりに突っ伏して動かない騎兵達の体が転がっている。
キュロロロォッ
甲高い笛の音のような叫びが頭上に響き渡る。
バササッ、バササッ、キュロロロォ
「うわああ」「魔物だぁ」
馬たちはパニックになり駆け出そうとする。騎士たちは振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だった。
ザァーッ
鷲の翼が翻り、逃げ道の先頭にいた馬に巨大な鉤爪が突き刺さる。
ヒーヒヒヒィン
どう、と倒れた軍馬の下敷きになった騎士の頭をもう一つの鉤爪が踏み砕く。
次に動いた馬の首を獅子の後ろ脚が蹴り飛ばし、騎乗する兵士が遠く吹き飛ばされる。骨が砕けた鈍い音は馬のものか、それとも兵士の全身が砕かれた音だろうか。
逃げ場を失った馬たちは無謀にも森の中へ突進し、立木と激突したり、木の根に足を取られて転倒し、その場で弱弱しくもがくことしかできなくなった。
グワーッ
地だまりの中で両足に馬を組み敷いた空の王者が巨大な翼を広げて咆哮する。
「グリフィン、だと。馬鹿な……」
「ヒ、ヒィッ、助けて」
落馬した騎士が這いずって離れようとする。
「カッ」
動いた瞬間、グリフィンの鋭い嘴が騎士の腹を貫いた。
「おっと、隊長さん、動かないほうがいいぜ。アイツは動く獲物から先に仕留める習性があるようだ」
「お、おまえの差し金か。行商人」
気が付けば騎兵隊は隊長一人を残すのみになっていた。
「まさか。俺には魔物を使役するテイマースキルなんてねぇよ。こっちだって絶体絶命のピンチだぜ」
(絶体絶命という割には余裕があるようだな)
んなわけあるか。一難去ってまた一難ってのはこのことだ。
(ひとつの難がもうひとつの難を消してくれたのだから、計算上は得をしたな)
バカ言え。無限大が一つでも二つでも結果は無限大だっつーの。
「とはいえ、数が減ったのはありがたい。図体はでかいし、人間よりは犬畜生のほうが与し易いが、さて」
騎兵隊を始末したグリフィンがあらためてグラニを見る。馬はグリフィンの大好物だ。獲物として見逃す手はない。
「どうするつもりだ、行商人殿。何か手はあるのか?」
グリフィンといえば通常、冒険者ランクAのパーティが対処する怪物だ。手負いの騎士と元冒険者でスキルに問題がある行商人の手に負える相手ではない。
この場合、走って逃げるのは悪手だ。最初に狙われてしまう。
「動かず様子見だ。とにかく自分から先に動くなよ……」
グワーッ、グワーッ
奇声をあげて威嚇するグリフィン。
微動だにしないグラニ。
怯えているのかと思えばそうではなく、格下を見る目で睨みつけ、静かに立っている。
グリフィンがしきりに叫んで威嚇する。
嘴を開いて首を上下に振り、一歩踏み出そうとしてグラニの眼光に押されて後ずさる。
翼を大きく広げて左右に反復横跳びをする。
鷲の鉤爪と獅子の後脚に踏みつけられ兵士が新たに肉を切り裂かれて悲鳴を上げる。
「あ、まだ生きていたんだ、あいつ」
グラニが少し頭を下げて睨みつけている視線を下げる。
クワー
グリフィンは逆に首を掲げて翼をさらに広げ、より大きく見えるように構える。だがよく見ると獅子の尻は下がり、下半身は完全に腰が引けていた。
グラニがずんっと一歩踏み出す。
ギャーッ
グリフィンが悲鳴に似た叫びをあげて後ろに飛びのく。
「ヒィッ」
護衛隊長が思わず引き絞った手綱のせいで、隊長の馬が棹立ちになる。
グラニがさらに一歩前に踏み出した。
ギャーッ
グリフィンが頭部の羽を逆立てて、後方に飛び上がる。
「うわーっ」
グリフィンは護衛隊長の馬を鋭い前脚の鉤爪で引っ掴むと、一刻も早くとばかりに真上に急上昇して逃げ去った。
「ふぅ」
俺はようやく全身の緊張を解いて、守護騎士の乗馬を守るように構えていた大剣を背中の鞘に戻した。
「よくやった、グラニ。助かったよ」
ヴフーゥ
グラニは当然だというように鼻息を一つ吐き出す。
「信じられません。一体何が起きたのですか?」
目にした光景に毒気を抜かれたのか、守護騎士の言葉からはいつもの堅苦しさが抜けていた。
荷馬車に目をやり、子供たちの無事を確認する。二人はテイルゲートに身を隠すようにしてこちらをのぞき見していた。
「まあ、あれだ。姫神様が見ておられるところでは、奇蹟が起きるってことさ」
「あなたは信心深いのですね」
「信心深いっていうかなんというか。まあ、そういうことかな」
「?」
この世界には神々がいる。
創造神とあがめられる姫神様、女神アイナスを筆頭に幾柱の善神とそれに対応する悪神が。俺にとってそれは信仰とか宗教とかそういう次元ではなくて、日常の中に住まう現実として体験しているということにすぎない。
「いずれにせよ、先を急ごう。ルーナさんには治療が必要だ。それにこんな血なまぐさいところにいつまでもお嬢様方を置いておくわけにはいかないからな」
「この隊長はどうするのですか?」
「ひぃ」
「ここの後始末をする人間が必要だろう。馬はなくなったし、この状況で追撃できるとは思えない。俺たちの行き先を知られるのは難儀だが、もともと殺生はできるだけ避ける主義でね」
(この場合は『できない』というほうが正しいな)
ありがたいことだよ。
「どれ、簡単な止血だけでもしておこう。本格的な治療はどこか安全な場所を確保してからだな」
「かたじけない」
そうして、俺たちはモルヴァーン郡へと続く山道を下って行った。
途中、ダエナのしかめっ面の抗議にあい、血の付いた武器や防具を小川できれいに洗い流すことになった。




