運のない行商人
俺は運が悪い。
災害や不慮の事故に遭ったりとか、外に出れば必ず鳥のフンが頭に落ちて来る、などと日常生活に支障をきたすほどの酷いものではないんだが。だが、選択を迫られるような場面では必ずハズレを引く。一か八かってときは必ず八のほうを引き当てるってわけだ。
この街に入るときだって、列に並んだ荷馬車のうち俺だけが衛兵に見とがめられて尋問されたんだぜ?
「荷馬車から降りろ」
「何だおまえ、本当に行商人か?」
そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。こっちは一人なんだし。そりゃあ、確かにラクダが引く隊列の中に一頭立ての騙馬の荷馬車が一台だけ混じっていれば、多少は浮くかも知れないが。
「へい、この通り、商業ギルドの会員証を持っておりやす」
官憲に逆らっていいことなど何もない。徹底的に下手に出るのが俺の処世術だ。あんまりうまくいかないんだけど。
「確かに、ギルド証は本物だな」
「しかし、隊長、こんな大剣を装備した商人なんて聞いたこともありません」
まあ、なんだ。俺のほうにも落ち度がないとは言わない。なんせ、背中には大人の身長ほどもある大剣が鞘に収まって括り付けてあるのだから。だけど一言いっておきたい。俺だって好きでこんな物騒な得物を背負っているわけじゃないんだ。
「これはですね。さる高貴なお方に届けるための大事な預かり物でして。万が一、失くしたり盗られたりしようものなら、私の首が飛んじまうもんで、このように肌身離さず持ち歩いているというわけでして」
「ふむ、確かに、こんなふうに柄に留め金がされていてはすぐには抜くこともできぬか」
「ですが隊長、一般市民が武器を帯びたまま市街地に侵入することを許すわけにはいきません。規則ですから!」
「うむ、まあそういうことだ。商人、背中の武器を荷台に仕舞うか、こちらに預けるかしてもらう必要がある」
どうやら隊長さんは物わかりがいい人のようだ。頭に巻いたターバンから、それなりの身分の出であることがうかがえる。巡回部隊で言えば千人隊長あたりの指揮官クラスかもしれない。
「あのう、冒険者ギルドの会員証も持っているんですが……」
「なにぃっ」
「ふむ。冒険者証があるなら武器の携行は認められるな」
「しかし、隊長。こんな怪しいヤツに武器を持たせるなど、自分は反対です」
「だが君が言ったように規則だからな。冒険者証を持つ者から武器を取り上げるとなると、冒険者ギルドともめることになりかねんぞ?」
「ですが、自分は反対です。郡都の門を守る者として、危険人物を見過ごすわけにはいきません」
「あのう」
「なんだね?」
「この大剣は商品でして。私自身が使えるわけではありやせん。冒険者としての武器はこっちでして」
そういって黒光りするガントレットを少し持ち上げる。
「拳闘士か。ほう。確かに見事なガントレットだな。業物と言っていい」
「ありがとうございやす。ですが、拳闘のほうの腕前も冒険者としてはからっきしでして。行商人の護身術の域を出ません」
「なるほど。隊を組まない個人経営の行商人は自分で自分の荷を守る必要があるからな。冒険者ギルドで戦闘訓練を受ける者もいると聞いたことがある」
「へい、その通りでして」
「ふん、口の上手い商人の話など鵜呑みにできるものか」
うーむ、どうやら部下のほうには徹底的に嫌われてしまったようだ。プライドを傷つけてしまったらしい。最初っから冒険者として入場していればよかったか。
今日は特別な大市で、出店者は通行税が無料になると聞いたものだから行商人の列に並んだのだが。冒険者のほうの列に並ぶべきだったか。
やっぱり俺の選択はいつも悪いほうに転がっちまう。
とくに二択の場合はダメだ。考えた末であろうと、適当であろうと、悪くなる可能性があることは必ず悪い結果になる。
「あのう、じゃあこうしやせんか。私が木剣であそこの木杭に打ち込んで見せますから、それを見て使いこなせるかどうか、判断してくだせぇ」
「ふむ。公正だな。実力を見て危険度を判断するというわけだ。それなら君も納得できよう」
「わかりました。ですが、木杭相手ではこいつが芝居を打つかもしれません。なので、私が相手をしましょう。おい貴様、怪我をしたくなければ手抜きなどしないほうがいいぞ」
あちゃー、藪蛇だよ。手を抜いた打ち込みでも見せようものなら叩き殺してやる、みたいな目で睨みつけているよ。
「へい。真剣にやらせていただきやす」
衛兵たちの待機所の横に訓練用のスペースがあって、木杭が何本かすえられている。俺たちはそちらに移動して、木剣を渡された。
背中の大剣を担いだまま木剣を構える。
「大剣は下ろさないのか。大事な商品と言っていたのは本当のようだな。しかし、立ち姿は様になっている」
「くッ」
足を肩幅に開いて木剣を正面に構える。が、柄を握ったところで腕にビリビリとした電流が走り、中腰になってしまう。
「どうした、そのへっぴりごしは?」
「いやはや、どうにも武器は苦手でして。手のひらがビリビリするんでさぁ」
本当のことをいうと、俺はあらゆる武器が装備できない呪いにかかっている。木剣だろうと斧だろうと、握ると電流が流れるようにしびれてろくに扱えないのだ。『不運』のスキル持ちのうえに『武器装備不可』の呪いまで背負っているなんて笑えるだろ?もっとも、呪いを受けたのは『不運』スキルが原因だからある意味必然だったと言えるんだが。まあそんなわけだから憧れていた冒険者稼業をあきらめて行商人をやってるってわけだ。
「ふん、確かにへたくそのようだな。打ち込んで来い。剣筋を見てやる」
「せぃやーっ」
手が痺れるせいで変に肩に力が入った姿勢になってしまうが、それでも木剣を上段に振り上げ、衛兵に向かって本気の力を込めて振り下ろす。
衛兵が半身になって躱すがその必要がないくらい、俺の打ち下ろしは横にそれて地面を叩いた。
「なんだそれは。子供のチャンバラごっこでももう少しましだぞ」
衛兵が鼻で笑う。
「そーらそら、どうした。なんだそのへっぴり腰は」
それから何合か打ち合ったが、俺の木剣はことごとく外れ、衛兵に小手や腕を何度か叩かれて終わった。
「ふん、確かにへたくそだな。おまえは剣を持たないほうがいい。自分の身を切りつけることになりそうだ」
衛兵は俺の失態に溜飲を下げたようで、最後はありがたいアドバイスまでくれた。
「へい。もとより刃物は苦手でして」
「どうせ真面目に鍛錬を積まなかったのだろう。剣術はそう簡単に身に付くものではないからな」
「へい、おっしゃる通りでして。私には兵士の仕事は荷が勝ちすぎやす。そんなわけで、武器や道具を運ぶ仕事に就いている次第でして」
「そうだろうな。市民を守る仕事は俺たちに任せておいて、おまえたちは生活のための荷を運べ」
「へい、そうさせていただきやす。通ってもよろしいので?」
「ああ、構わん。通って良し」
「へい、お世話様です」
ふぅ、何とか乗り切った。
(面倒なら切り捨ててしまえばよいではないか)
「物騒なことを言うなよ。第一、当たらないんだって」
剣が当たらない大剣持ち。本当に、姫神様は俺を振り回してくれるよ。




