次から次へと
関所のほうから騎馬隊が現れた。十騎からなる領主の正規兵だ。ルーナと違い、機動性を重視した軽装の騎兵隊だった。
狭い山道に二列横隊に展開する。
中央の騎馬が前に出る。
「守護騎士殿、これはいかなる事態ですかな?」
「護衛隊長殿」
ルーナが応じて一馬身前に出る。
その後ろで俺はニアにこっそり話しかけた。
「知り合いか?」
「ルーナに代わって私の護衛に着くはずだった隊の隊長よ」
なら、領主直属の部隊だな。山賊くずれの兵士のようにいきなり襲いかかってくることもあるまい。ん?
隊列の両端から馬が進み出て倒れている兵士たちのほうに歩を進める。だが馬から降りて検分する様子もなく、状況説明をするルーナの背後に回り込んでいく。
「倒れている者たちは正規兵ではないようだ。公女様が姿をお示しになられたにもかかわらず、手を止めなかったため敵と見なして打ち倒した。致命傷は与えていないので、回復次第尋問して……」
「守護騎士殿、アードルナーン子爵の制服を着た者を打倒したというのですね?それは重大な領主様への反逆行為です」
「ですから、この者らは偽物の可能性が……ぐはっ」
「ルーナさん!」
不審な動きをしていた騎兵隊の一人がルーナの背後からいきなり切りかかった。
「何をする、護衛隊長!くっ」
至近距離からの一撃は白銀の甲冑の継ぎ目を狙って差し込まれ、ルーナの左肩部に深手を負わせた。
引き抜かれた騎兵の剣の刃を血のしずくが伝う。
主の危機を察したルーナの馬が後ずさり、グラニの横まで後退する。
「ちっ」
本日何度目かの舌打ちを鳴らしながら俺は御者台から飛び降りて騎馬の前に立った。
「ふふん、行商人風情がアードルナーン様の軍の前に立ちふさがるか」
「あんたら、公女様を守るのが役目なんじゃないのか?」
「公女殿下の守護騎士が乱心、公女殿下を手にかけた上に止めようとしたイマーン様の兵士を惨殺、現場に急行した領主軍が取り押さえようと奮闘するも、そこは腐っても守護騎士。制圧は困難を極め、命を奪う以外に止めようがなかった、というわけだ」
「ふざけるなっ」
ルーナが血の止まらない左肩を押さえながら護衛隊長を睨みつける。
「そもそもあなたがスタンドプレーで持ち場を離れなければ、もっと話は簡単だったのです。守護騎士が提案した身代わり作戦で身を隠していた公女殿下が不運にも山賊に襲われ命を落とす。そこの行商人も巻き込まれずにきれいに決着がついたでしょう」
「身代わり作戦はアードルナーン子爵のご提案だったはず。そうか、最初から公女様を暗殺する目的で……くっ」
「さあて、どうでしょうな」
「やだねぇ、腐った貴族連中の考えることはいつも同じだ。死人に口なしってか。少しはバリエーションを増やしなって」
「まだいたのか、行商人。まあ、ここに居合わせた以上、見逃すわけにはいかないがな」
「確かにな。どういう因果か、居合わせちまった以上見て見ぬふりはできないわな」
俺は鞘の留め金を外して大剣の柄を握る。
「ん?ずいぶんご立派な剣のようだが、行商人風情に扱えるのかね?」
「それは剣に聞いてみないとな」
鞘ずれの音を立てて大剣を引き抜く。
金属ではない真っ白な剣身がゆっくりと姿を現す。幅広い剣の腹には青いエナメル質の塗料で紋様が刻まれている。それは未知の文字で描かれた呪文のようでもあり、揺らめく地獄の炎を描いたもののようでもあった。
神経を逆なでする金属同士が擦れるような音に、馬たちの耳がピクピクと激しく動く。
俺はそのまま、腰だめに左脇に大剣を構えた。
(はったりなど効かぬであろう)
どうだかな。俺の不運スキルのことはこいつらは知らないワケだし。それに、馬くらい大きな的ならどこかに当たるんじゃないかと思ってね。
(まぐれ狙いか。それこそあの女狐が見逃すまいよ)
わかってる。俺の『不運』は筋金入りだ。コイントス勝負じゃ一万回やっても表が出ないだろう。狙いが外れる可能性があるときは、必ず外れる。それが俺の背負っている『不運』スキルの効果だ。だが、物事を計算する人間にはわかっても、ただの動物には理解できない。牛が鉄条網を避けるように、俺が構えた致死の刃を馬たちは見過ごすわけにいかないだろう。
動物を相手にするときは気迫が大事だ。
こいつはヤバいと思わせること。たいがいの勝負はそれで片が付く。
静かに馬の群れ全体に殺気を送り、鋭利な切っ先に意志を込めて構える。
わずかに騎馬たちがたじろぐのが見えた。
「ふんッ」
横車に回した大剣は空気を切り裂き、有無を言わせぬ殺意を空中に刻む。
間合いを外れた一閃だが、訓練されたはずの騎馬の群れが大きく身を引く。数頭が棹立ちになり歯をむき出しにして恐怖を露わにした。
「どうどう、静まれぃ。ええい、こざかしい。一気に押しつぶせ!」
だが、馬たちの怯えは収まらない。
ヒュォォぉ
「来た!ルーナ、馬が動かないように抑えておけ!」
「なにが?はっ」
そのとき、質量を持った突風が吹き抜けた。
「ヒィッ」
「ギャッ」
「カハッ」
「ぐえっ」
「ゴフッ」
ブシュゥゥ。
あたり一面に血の臭いが立ち昇る。
「なんだ、どうした?!うっ」
二列横隊の後列にいたはずの騎馬兵が消えていた。




