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重装騎兵の足音

「姫様ぁーっ、御無事ですかぁぁっ!」

 全身を白銀の甲冑に包んだ騎士が白銀の鱗状の装具で前面を覆った馬を駆り、大地を震わせて突進してくる。重装騎兵カタフラクトだ。

「うぉ」「ひえっ」

 兵士たちが思わず道をあける。

「おのれ、行商人!」

「うわっ、ちょっ、まっ」

 俺は危ういところで軍馬の突進を避ける。

「違うの、ルーナ。この人は味方よ。あっちが敵!」

 荷馬車の垂れ幕を跳ね上げてニアが声を上げる。

「姫様。ご無事で……」

 元気なニアの顔を見て守護騎士の表情が和らぐ。

「姫様、お戻りください。そこに居ては危険です」

「いいえ、そっちのほうが危険よ」

「しかし……」

 正規兵の姿をした男たちが累々と横たわり、血にまみれた拳を握り締めた不審人物が緩く足を開いて立っている。守護騎士が判断に迷うのも無理はなし、か。

「関所の兵士は私たちを襲おうとしたわ。彼らは信用できない」

「ですが、姫様」

「守護騎士アルーナ・アルベダール!わたくしに従いなさい!」

 ニアが御者台にすくっと立ち上がり、左手を突き出し声を張った。

 凛とした声が森に木霊する。

 それは千の軍勢を従える将の威厳を備えて守護騎士の耳を打った。

「はっ、御意!」

「けっ、なんの茶番だ。良く見りゃ、女じゃねえか。ビビらせやがって。一人増えたところで構やしねぇ、やっちまえっ」

 ルーナが鞍に吊るした鞘から剣を抜き放つ。

 タルワールと呼ばれる型の剣だ。

 柄には美しい曲線を描くナックルガードがあり、十字の鍔にはまる大粒のサファイヤが目を惹く。完璧に磨かれた剣身は流水が滴るように輝いていた。

「姫様に仇成す者に容赦はせぬっ」

 わずかに湾曲した剣身を眼前に掲げ、宣誓を叫ぶ。

 おぉぉぉっ。

 そこからはただの蹂躙だった。

 軍馬の身が翻り、兵士の間を疾風のごとく駆け抜ける。

 騎士の剣は容赦なく敵に振り下ろされ、山賊くずれの兵士たちを瞬く間に無力化した。


「姫様!」

 敵の不在を確認してルーナが荷馬車に歩み寄る。御者台のニアの姿に目を潤ませると、その場にこうべを垂れてひざまずいた。

「このたびは主の傍らを離れ、御身を危機に晒したこと、誠にもって不忠の極みにございます。守護騎士の責務を全うできぬ未熟者に、どうか厳正なる罰をお与えくださいませ」

「頭を上げなさい、アルベダール卿。確かに落ち度はありましたがそれは私も同罪です。それに今はそのような些事に囚われるときではありません。危難はまだ続いております。あなたには引き続き私の剣となり我が身をお守りくださいようお願いしますわ。守護騎士様」

「もったいないお言葉。我が身命をしてあなた様をお護り申し上げることを改めてここに誓います」

「あー、そろそろいいかな」

 後半はすっかりただの傍観者だった俺がしゃしゃり出るのもおこがましい空気だったが、大事なことなので口を挟んだ。

「ここにいつまでも居るのはまずい。制服を着た兵士を何人も倒してしまったんだ。先を急ごう」

「しかし、なぜこのような事態に?」

「公女様の誘拐犯として手配書が出てたんだ。だけどこいつら、俺を捕まえるよりこの場で始末したほうがいいと考えたらしい」

「セオは無実よ。そのことはルーナも知っているでしょう?それにこの兵士たち、とても下品だったわ。捕まったら身の危険を感じるほどだったのよ」

「見てみな。制服を着てはいるが、こいつら、中身は山賊だぜ」

 気絶してる兵士の一人をひっくり返して上着を剥ぐと、薄汚れた毛皮の胴衣が現れた。何日も風呂に入っていないすえた臭いがする。

「うっ。確かにこれは……正規軍とは思えぬな」

「とにかくこの場を離れよう」

「そうね、セオ。よろしくて?ルーナ」

「御意」


 手早く馬車の状態を確かめる。馬車や装具には問題はなさそうだ。

 だが、グラニの様子がおかしい。戦闘が終わったのに落ち着かない様子でハミや装具を嫌がる。妙に気が立っている様子だ。まだ何かを警戒しているらしい。

 そういえば婆さんが峠のこちら側で鳥の怪物が出る話をしていたな。

 山の中でこんなに大騒ぎしたのだ。血の臭いを嗅ぎつけてくるものがいてもおかしくない。

「ルーナさん、これを君の馬に振りかけておいてくれ」

「なんだ、これは?」

「ローズマリーの精油よ。虫除けになるんだって」

「虫除け……」

 釈然としない表情だが、ニアの後押しがあったからかそれ以上聞かずに小瓶から数滴、愛馬に振りかける。

 ふわっと森林の精気のような爽やかな香気が広がり、殺伐とした景色に清涼剤のように染み渡った。

「悪くない」

 ルーナがボソッとつぶやく。

 今度こそ出発しようという段になって、またしても馬の足音が近づいてきた。

 一騎ではなく複数の蹄の音だ。

「今度は誰だ?」

 俺たちは互いの顔を見合わせる。領主が派遣した部隊だろうか。

 騎馬巡察隊であれば、ルーナとニアに対する扱いは丁重だろう。

 俺はまずもって犯罪者扱いから逃れられそうにないが、正規の領主軍なら投降した相手に無体なことはすまい。ルーナが取り成してくれれば最悪の事態になる前に開放してもらえそうだ。ここは下手に逆らって怪我をしないことが肝要かもしれない。

(判断が裏目に出なかった試しがないがな)

「どのみち荷馬車じゃ逃げ切れないさ」

 とにかく、いつでも馬車を出せる体制で足音の主を待つ。


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