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関所

「うーん、気持ちいい」

 森の精気が満ちた朝の空気を吸って思い切り伸びをする。

 俺は出発の準備を進めつつ、荷物の中から香油の小瓶を取り出した。

「それはなあに?」

「ん?ローズマリーの精油さ。虫除けにも魔物除けにもなるんだ。ま、念のためってヤツだな」

 グラニのたてがみに香油を振りかける。少し嫌がるように首を振ったが、首を撫でてやると落ち着いた。

「さて、出発しよう。忘れ物はないか?」

「ないわ。大丈夫よ。ダエナ、箱はしまってちょうだい。この鍵も合わなかったね」

 俺は少女たちの会話を背後に聞きながら荷馬車を進めた。

 村を出てほどなくして山肌は傾斜がきつくなっていき、樹高の高い木々が視界を遮ることが減っていった。

 尾根を巻いて緩やかにカーブする場所では、視界が一気に開けて絶景を見せる。

「うわあ、遠くまで見える!」

 それほど標高が高いわけではないが、スイーム郡は肥沃な耕地が広がる平野が多くを占めているため、峠道からの眺めはなかなかのものだ。

 巻き上げた幌の垂れ幕越しに歓声を上げる子供たちの声を聞きながら、和やかな馬車旅を楽しんだ。


 しばらくすると明らかに木々が減って道幅が広がってきた。その先に人の気配があり、セオは子供たちに幌の垂れ幕を戻して中に隠れるように促した。

 崖の角を曲がると峠が見えてくる。

 山向こうの西の空を遮るように、先端を尖らせた丸太の壁が立ちふさがっていた。

「関所か。まずいな」

 手配書が回っていたら一巻の終わりだ。とはいえ、峠の一本道でいきなり引き返すなんて怪しい行動をとるわけにもいかない。

(どうするつもりだ?)

「どうするもなにも、行くしかないだろう」

 関所の入り口に、長槍を地面に突いた兵士が立っている。金属製の鎧こそ装備していないが、大きな木製の盾を左手に持つ完全武装だった。

「止まれ!」

「お勤めご苦労様です。行商の者です」

 馬車から下りて首に下げた商人ギルドのタグを提示する。

「積み荷は?」

「塩と香辛料、日用品と古着をいくつかですね」

「一人か?」

「娘が二人、荷台に居ります。妻に先立たれまして、アウナーラの親戚を頼ろうかと連れております」

「中を検めるぞ」

「よろしくお願いします」

 腰を低くして兵士を荷台に案内する。垂れ幕を開けるとニアとダエナがお互いの手をしっかりと握って、だが気丈な態度で奥に座っている。

「降りてこい」

「ニア、ダエナ、降りてらっしゃい。大丈夫だ。この方は関所の衛士様だよ」

 コクリとうなずいて二人が降りてくる。セオが添えた手を離さずにしがみ付くようにして後ろに隠れる。

「ふん、確かに娘が二人だけだな」

 隠すような積み荷もないので兵士が探るに任せておいた。慣れた手つきで一通り確認したあと、行ってよい、と先を促す。

 どうやら野盗が言っていた手配書には男ひとりと娘ひとりと書かれているようだ。ダエナが加わったおかげで娘が二人に増え、臨検をごまかすことができたらしい。


 関所の門をくぐると中には役所のような建物がある。税関だ。さらに奥に兵舎であろう丸太小屋があった。それとなく観察すると、たいして通行も多くない峠道にしては兵士の数が多い気がする。手持無沙汰な様子で手摺りによりかかったり木箱のイスに座ったりしている。関所の兵士にしてはだらしのない態度だ。

 視線を合わせないようにして税関の建物に入る。

「通行税を」

「こちらに」

 慣れた手順で既定の料金を差し出す。

「ん?足りんぞ。乗員は三名であろう?」

「ああ、すみません。子供の場合はいくらになりますか?」

「子供も大人も料金は同じだ。一人鉄貨二枚」

 ぐっ。高い。だが文句を言う場面ではないな。

「こちらでよろしいですか?」

 言われた通り、鉄貨四枚を追加で支払う。ここまで特に問題はなさそうなので下手に袖の下などを渡さないほうが無難だろう。

「通ってよし」

 木札にサインをして通過の許可がでる。

「行って良いそうだ。行こう、ニア、ダエナ」

 ほっとしたような表情でニアがうなずく。ダエナは分かっていないような笑顔でにこにこと笑っている。

「では、改めて出発だ」

 グラニに手綱を打って合図を送る。荷馬車がガラガラと兵舎の前を通る。

 ニヤニヤ笑いを浮かべた兵士が立ち上がって近づいてくる。先ほど関所の入り口に立っていた者と比べると、ずいぶん野卑な印象だ。

「おい、おまえ」

「なんでしょう」

「ン~?怪しいな。何か隠してるだろう?」

「いえ、何も。臨検は受けましたし、税関のお役人様からはこの通り、通行許可をもらいました」

 木札を見せる。だが、俺の手をはたいて木札を払い落とした。

「そんなものは関係ねぇ。俺様が怪しいって言ってんだ。女を乗せているんだろう?俺様がチェックしてやる」

 どうやら俺たちを疑っているわけではなく、暇つぶしにいたぶってやろうという魂胆らしい。

 こいつ、兵士というには品がなさすぎる。まるで山賊だ。

 どうする?

「アニキ、女を乗せているヤツは捕まえろって命令だろう?だったら女連れは全員とッ捕まえて手配書のヤツ以外はうっぱらっちまおうぜ」

「いいねぇ、最近は大人しくしてろってんで酒ばかり飲んでっから体が鈍っちまってたところだ」

 兵舎にたむろしていた連中が手に獲物を持ってわらわらと集まり始める。

「あー、兵隊さん、こいつで勘弁してくれないかね」

 そういって硬貨の入った巾着を投げる。

「あっ?」

「ニア、しっかりつかまってろ!」

 兵士が巾着に気を取られた瞬間、手綱を一閃する。

 グラニがいななきを上げながら石弓のように飛び出した。

「ぐわっ」

 避けそこねた兵士を弾き飛ばし、荷馬車は出口へと突っ走る。

「野郎ォッ、逃がさねぇ!」

「曲者だーっ、合図を送れーっ!」

 にわかに活気づく関所をあとに残して荷馬車は山道を駆け下って行く。


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