それぞれの腹のうち
イマーン卿が退席したあと、控えの間から郡宰相を務めるヤフヤール卿が姿を現した。二人の会見を隣室で聞いていたようだ。
「あれの意見をどう思う?」
「はい。ずいぶんと疑り深いものですが、一理はあります」
「おまえでもそう思うか」
「理屈は通っていますが根拠が薄弱です。公女様への襲撃と守護騎士の失態。これだけではほかにも十通りの陰謀論を説明することができるでしょう」
「うむ。だがわがアードルナーン子爵家が狙いという視点は妙にしっくりくるものがある」
「はい。可能性としては考慮する価値があると思われます」
「意外だな。おまえならマロウト公爵を疑うような意見には反対するかと思ったが」
「もちろん、マロウト公爵陣営からの脱退は反対です。ですが、そのこととアードルナーン様へ害意を向ける相手の可能性を探ることとは別の問題です」
「確かにな。ではその線でも調査を進めてくれ」
「承知いたしました」
◇◆◇
「ええい、暑苦しい」
盛装のマントをむしるように外して放り投げる。
『キャーッ』
黒檀製の止まり木でウトウトしていたオウムが冠羽を逆立てて奇声をあげた。
メイドが慌ててマントを空中でとらえ、丁寧にたたんで退室する。
「ムタクシ、おまえの指示通り、兄上には陰謀論を吹き込んでおいたぞ」
イマーン卿は自室にもどるなり派手な玉座のようなイスにどかりと座り、脇に控えた貴族風の身なりの男に話しかけた。
「ええ、ナイリュクからも、子爵様がすっかりイマーン様のお話を鵜吞みにされて公爵を疑い始めている様子が報告されておりますよ」
ムタクシと呼ばれた男が続き部屋につながる扉に目線を送ると、使用人のお仕着せを来た小柄な男がにたにたと嫌な笑みを浮かべながらお辞儀を返した。不思議な雰囲気の男で、直接視線を向けていないといつの間にか存在が意識から消えてしまうような希薄さがあった。
「ふん、どうしても必要なことだというから嫌々頭を下げて一芝居打ったのだ。成果がなければお前を鞭打ちにしてやるところだ」
『ムチヲモテッ、ムチヲモテッ』オウムが追従する。
「おお怖い」
「おまえの足下がいつまでも固いと思うな」
「それは心得ております」
「では最近の失敗続きのけりをどうつけるつもりなのだ?」
苛立たし気にムタクシを睨みつける。
「一流のアサシンだという触れ込みだったがあっさり失敗したではないか。そのうえ、公女を郡都の外へ連れ出して始末する作戦もどこの誰ともわからない馬の骨にかっさらわれる始末だ。どうなっている?」
「悪い偶然が重なったとしか言いようがありません。ですが、イマーン様のご指示で第二第三の作戦を同時並行で進めております。問題はありますまい。成果はすぐにでも得られましょう」
「第二第三の作戦?そんな指示をしたか?」
「はい、イマーン様。公女様を暗殺しその罪を子爵様に擦り付ける作戦、公女様を誘拐して警備体制の不足を理由に子爵様の信用を落とす作戦、そして子爵様自身に公爵様を裏切らせて失脚させる作戦。どれを選びますかとお尋ねした折に、面倒だから全部やってしまえとご命令されたのはイマーン様ではありませんか。いま思えば失敗した際の保険として何重にも罠を張るべしというご慧眼からのお言葉でしたな」
「う、うむ。そうだな」
「ですので、イマーン様。すでにご命令をいただき配下の者どもが行動に移っておりますゆえ、主は泰然自若として吉報をお待ちください。必ずやアードルナーン家の家督は貴方様のものとなりましょう」
「よかろう、任せた。だが、これ以上の失敗は許さぬぞ」
『ユルサヌゾ、ユルサヌゾ』
「御意にございます」
「下がってよい」
イマーン卿はそういい捨てると、エサ皿からヒマワリの種を手に取り、オウムの口元に運んでやった。
◇◆◇
「で、何か情報があるのか?さきほど合図を送っていたが」
廊下を歩きながらムタクシが後ろ振り返らずにナイリュクに声を掛ける。
「はい。郡境近くの西の森林地帯で徽章を付けた荷馬車が発見されました。やはり公女は行商人に扮装して移動している模様です」
歩幅が合わないのか、小走りになりながらナイリュクがムタクシに聞こえるギリギリの音量で回答を返す。
「想定通りか。とはいえ郡境を越えられると不味いな」
「あのあたりの関所はムタクシ様の息がかかった者を配置しております。すでに少女を連れた荷馬車は捕らえるようにと通達しております」
「守護騎士はどうしている?」
「街道を反対方向の東へ向かったので公女の情報は得ていないでしょう。見当違いのところを走り回っているようです」
「ならば問題ないが、なるべく早く公女を確保したいものだな」
「生死は問わないので?」
「どちらでも構わん。大事なのはアードルナーン子爵の制服を着た兵士に殺されたという事実だ」
「では、手懐けた盗賊どもに制服を支給して山狩りをさせましょう」
「うむ、手配りをしておけ」
「はい」
◇◆◇




