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郡都の密談

「もうしわけありません、兄上。せっかく大市の開催という大役を与えてくださったのに、このような失態を招いてしまい……」

 領主の執務室で来客用のソファに腰を下ろした豪奢な服を着た男が土下座をするような勢いで謝罪を述べる。

「良い、頭を上げよ。そなたが悪いわけではない」

 領主であり、スーヤーン郡郡司であるアードルナーン子爵が深刻な表情で、しかし同席する男に同情の目を向けていった。

「しかし兄上。マロウト公爵からお預かりした大事なご息女を誘拐されたとあっては、アードルナーン子爵家の責任を問われぬわけには参りません。私の力不足でわが家門に重大な傷をつける次第となりましたことを何とお詫びすればよいか」

「重ねていうが、マロウト公爵令嬢のことはそなたの責任ではない。そなたはよくやっている。今回の一件は第一義的には襲撃事件を起こしたやからに罪があり、二義的には公女様の護衛任務をおろそかにしてスタンドプレーに走った守護騎士の失態だ」

「そうでありましょうが、そのことを公爵様に訴えて聞き入れていただけましょうか。領地での出来事は領主の責任とばかりに兄上がお咎めを受けることになるのではと考えると、私は慙愧ざんきの念にえません」

「それもまた、私の務めだ。領主としても、兄としても、そなたの行いに非が無いことを示すことは責務であり、公正な裁きを受け入れるのもまた責任ある立場の者としての矜持なのだよ」

 執務室の花瓶に飾られたクロユリに似た花から甘い香りが漂う。これは弟であるイマーン卿が取り寄せて栽培に成功したという異国の花だ。年の離れた異母弟は若い頃は荒れていて一族から放蕩息子と疎まれてきた。だが最近は心を入れ替えて領内の治安や新しい産業の振興に尽力している。異母弟の行く末を案じていた私には嬉しい変化だ。あのムタクシとかいう男。出自のはっきりせず胡散臭いところがあると思ったが、存外参謀役としてうまく弟を支えてくれているようだ。

「兄上は高潔すぎます。貴族社会に於いて常に公正な判断のもとに決定がなされるとは限りません。とくに最近は王都周りでは王位継承争いが持ち上がっていると聞きます」

「……そうだな。公女様への襲撃も、王位継承争いが背景にあるのではと思うが。しかし公女様の王位継承順位はほとんど問題にならない低位のものであったはずだ」

「ならばこそ、なおさら今回の件は公女様を直接狙ったものではなく、兄上のお立場を狙ったものでは?」

「どういうことだ?」

 甘い花の香りが疑心を掻き立てる。

「王位継承順位の低い公爵令嬢を害したところで王位継承争いには影響があるとは思えません。しかし、その罪をもとにわがアードルナーン子爵家を失墜させるのが目的だとしたら?」

「……確かに、公女様を失うことで損失を受けるのはマロウト公爵家についでわが子爵家が二番目に大きいといえるな」

「果たしてそうでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「公女様は第二婦人のお子様です。マロウト公爵様にはすでに成人されている第一婦人のご長男がおられますし、王位継承順位もそちらのお子のほうが高位となります」

「うむ」

「公女様は公爵家にとって王位継承権としては必ずしも必要な存在ではありません。さらに、公女様は公爵様の実子ではないという噂があります」

「その噂は私も耳にしている。だが、公爵様は公女様を可愛がられているとも聞いているぞ」

「それはそうでしょう。愛らしいお嬢様ですからな。ですが、貴族社会の権力争いは非常なものです。愛娘でも政略結婚の道具として使うことを忌避する者などおりません。ましてや実子でない娘など。そう考えると、今回公女様を失うことで最も損失を被るのはわがアードルナーン子爵家です」

「そなたの言うことも一理ある。が、しかしわが子爵家を陥れて得をする者など、王位継承争いの当事者の中には思い当たらぬが……」

「これは一つの可能性にすぎませんが、マロウト公爵家ではありませぬか?」

「それはありえぬ。わが家門はマロウト公爵家の陣営だぞ。自らの陣営を弱体化させて何の得がある?」

「わがアードルナーン子爵家を取り潰して別の貴族を新たに領主の地位に付けるというのは?」

「なっ、」

 緊迫した会話に不釣り合いなほど甘い花の香りが妙に意識される。

「例えば他陣営からの引き抜きの材料としてわが家門が務めるスーヤーン郡郡司の席を用意するとしたら……」

 そんなばかな、という言葉は領主の口からは出なかった。貴族社会はときに非情な行いが横行するところだ。無条件に信用することが自分の寿命を縮めることを老練なものほど心得ている。

「そう考えると、公女様をわが領に預けた真意も納得がいきます。それに、決定的なタイミングで守護騎士が持ち場を離れたことも」

「初めから仕組まれていたと?」

「あくまでも可能性です。わが家門はマロウト公爵の派閥を長らく務めておりますからその地位を疑心暗鬼だけで捨て去るのは愚の骨頂でしょう。公爵の仕業と見せかけた他派閥の工作の可能性もありますから。ですがわが家門の保身のために、別の一手を考えておくことは重要ではないでしょうか」

「うむ、そなたの意見、熟考してみよう」



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