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〜きなこ〜  作者: きなこのママ


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9/15

みかど

部長が家業の手伝いだとかで部活再開の見込みは立たず、山に行ったきりとなっていた。


部員はたまに部室に訪れて、掃除をしたり、昼寝をしたり、たこ焼きパーティーをしたり、各々迷惑にならない程度に好きなように過ごしていた。


そんなとき誰からともなく海へ行こうと言い出した。

暇だったので私はその翌日、海水浴の道具が眠っている倉庫を漁るために部室へ向かったのだった。

先に部室でくつろいでいたキナコも私の気配を察知して、階段を降りてくる。


倉庫は部室の外にあった。

新歓で部長が身につけた着ぐるみやら旅先で拾ったガラクタが無造作に放り投げられている。


乱雑に積み置かれた浮き輪は穴が開いて使い物にならなくなっていた。

スイカ柄のビーチボールを膨らませてキナコが手のひらで弾ませる。


「部室の倉庫ってこんなに汚かったんですねー」


目が痒くなりそうなほどホコリが舞っている。


「取り敢えず出せるだけものを移動させて、掃除機で吸わないと。とてもじゃないがいられない」


午前中に部室に来たのは私とキナコだけだった。

とくに珍しいことでもないが、二人きりになるのは久しぶりだった。


「海で遊ぶの懐かしいです、楽しみですね!」


「そうだな。海は見るだけでも落ち着くな。実家にいるときはすぐ歩いて行けたしさ」


「鹿児島だったら桜島がありますよね」


「船がゆっくり横切るんだ。自分の場所と、桜島の間をね。凄いスピードで移動しているんだろうけど、とてものんびりしているように感じてしまうんだ。それがなんとなく見ていて心地良かったよ」


遠くから知り合いが遊びに来たときに、レトロな電車に興味津々だったことを思い出した。

それから水族館に連れて行ってイルカショーがやってなかったから残念だった。その代わり熱帯魚エリアでピラルクが活発に泳ぎ回っていたのは喜んでもらえた。


「いいですね!あたしは宮崎の山奥だから、川はありましたね。秋が近づくと、朝には河原の石がびしょびしょに結露してたりして。海は遠かったけど、自然はたくさんありましたねー」


「なんか有名な神社ってなかった?」


「あ、多分それ天照神社じゃないかな。太陽の神様が岩戸に隠れちゃって、この世から光がなくなったんですって!それは困ったってなって、八百万の神たちが知恵を絞ってなんとか神様を外に連れ出したそうです」


「そこって写真撮っちゃ駄目なやつ?」


「恐らく駄目なやつです!」


あらかた荷物を片付けて、掃除機でホコリとクモの巣を除去していく。

暗くてジメジメしていた倉庫が綺麗になっていくのは単純に気持ちが良かった。


「昔父さんと旅行したんだ。そのときに、神聖な場所だからカメラを向けては行けないと神主に教わったな」


「そんなルールあったかも!でも映えスポットなら高千穂峡がいいですよ、チュージョー摂理とかなんとか」


「チュージョー?」


調べてみると天照神社の至近距離だ。

角ばった岩の柱が渓谷を成している。


「あれ、実は高千穂峡も行ったのかなあ」


「きっと忘れちゃっただけですよ。そういうことってありますもん。行ったはずなのに、ってね。逆に初めての土地で、あたし生前王妃だったとか思いますもん」


「いや、それはわけが分からん」


「ええー、なんでですか!ピラミッドを目の前にして、自分はクレオパトラだったような直感が湧いてくるんですよお」


丸顔で一重のキナコが小野小町になれたとしてもクレオパトラは遠そうだ。

そもそもどちらの人物も絵画でしか外見が確認されていないんじゃないか。

その時代にカメラがあっても神聖なものだとされまさかの撮影禁止ルール適用かも知れないけれど。


「じゃあ探検部のクレオパトラさん、そろそろ倉庫の鍵を閉めますよ」


「えっと待ってください、シュノーケル、ビーチボールとパラソル…はい、目当ての道具は揃いましたね!」


「あとはメンバーか。寺門さんと隼人にもいつにするか連絡しないとね」


倉庫の鍵は錆びついた南京錠だ。

壊そうと思えばできないこともない頼りない錠に鍵をかける。


「あー、隼人くんは来ないかも」


「ん。なんで?」


私の質問には答えずに、キナコは笑顔で首を傾げる。


「それよりこれからカラオケにでも行きませんか、なんだか歌いたい気分なんです」


「音痴だから恥ずかしいな」


「一緒に歌えば恥ずかしくないですよ!」


ぐいっと身を乗り出してくるキナコに圧倒される形で私は思わず了解してしまった。


おでこにうっすら汗をかいたキナコから甘ったるい匂いがする。

朝ごはんを食べていないせいか私は頭がくらくらしてくる。


「そんなにカラオケ行きたいの?」


「木嶋先輩は気乗りしませんか?」


「いや、そういうわけではないんだが」


「じゃあいいじゃないですか」


言葉を探しあぐねているとポケットのスマホが鳴った。

電話に出ると寺門さんだった。


「タクちゃん今何してるの?」


「とくに何も」


「ウソ、誰かといるでしょ」


目の前でキナコが唇を突き出したまま黙っている。寺門さんの声が聞こえているに違いない。いや、仮にそうだとしても不機嫌そうにする理由が分からない。


第一スマホをスピーカーにしていないから、そもそも寺門さんの声がキナコのもとに届いていないと考えるのが筋だろう。


それなのになぜキナコは真っ直ぐにこちらを睨んでいるんだろう。指名手配犯を捜索するときの警察官の目をしている。


ボケーっとしていると寺門さんの声量が上がってくる。


「部室にいるのね?そして倉庫の片付けをしている。だって外の車の音が聞こえるもの。裏門の通りを行き交う車の排気音。だいたい午前中にタクちゃんが部室に行くときはいつもこっちに連絡くれないし。でも一人でいるにしては静かすぎると思うし」


いつから寺門さんは探偵の素質を持っていたのか。

大学の裏門の方角からは大型トラックがやってくるときに、ぐおーっと確かに地響きを伴った騒音がこだます。


キナコが視界から消えた。と思ったらすぐ右にいた。左目では私の鼻が障害となって認知できない領域に佇んでいる。

何か囁くように口を動かしているが、私は右耳にスマホをくっつけているのでキナコの発言は遮蔽されたように聞こえない。


「部室に行ったらタクちゃん待っててくれる?」


「どうかな、もう片付け終わっちゃうし」


「じゃあ今から家に来てくれる?」


今日に限って寺門さんが粘る。

電話ならサクッと用件を伝えてきってしまうことが多いのに。


右目の端に映るキナコの影が徐々にぼんやりとしてくる。

同じところを凝視しすぎて目の奥が痛い。


小人が網膜のそばに立ってスコップでズンズン突いているような鈍痛にこめかみが痙攣してくる。


「またあとでかけ直していいかい?」


「ええ、ちゃんとかけ直してくださいね」


私のお願いにすんなり応じる寺門さんはむしろ怖い。

電話はそこできれた。


とても長く感じたが、時計では三分しか経過していなかった。

私は深呼吸をひとつする。


「忙しそうならまた今度にします?」


キナコが心配そうに言う。


「そうだね、レパートリーを増やしておくからまた誘ってよ」


そこからキナコと別れてアパートへ帰った。

倉庫整理の疲労も相まって、私はアパートに着くなり玄関に倒れ伏して寝てしまった。






(続)

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