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〜きなこ〜  作者: きなこのママ


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8/15

いたこ

夏は夜。ホタルはどこにもいない。スマホのディスプレイの反射光で顔が青白くなっている群衆が行き交う。

それをひとり交差点で眺めているのはおかしい。


待ち合わせの時間は過ぎている。

一時間も間違えるはずがない。

そんなことを電話口でまくし立てている男の隣で私はキナコたちを待っている。


まず寺門さんがやって来た。


「混んでますね、このお祭り人気なんですか?」


「みたいだね。初めてだから詳しくは分からない」


大学入学してからは、横目に通り過ぎることが多かった商店街の祭りは、中に入ってみると神輿や屋台がひしめき合っていて、この街のどこにこれだけの人間がいたのだろうと驚いてしまう。


「タクちゃんは兄弟っています?」


「いや?」


「ふーん」


「寺門さんは?」


「当ててみてください」


想像してみても亀しか出てこない。

百匹の話がウソだとしても、縁日で手に入れた亀が巨大化して屋敷のプールに蠢いているのに向かって餌をばら撒く寺門さんが現実にあり得そうな気がしている。


お金持ちのお嬢様が遊び相手に困らないように、ご両親のささやかなプレゼント。


「んー。一人っ子かな!」


「ブブー。六人です!」


「そりゃ多いな!」


「良く言われますッ!」


山車に乗ったお祭り男がマイクで歌っているから、互いに大声を張らないと聞き取れない。


「もっと静かなところに行きませんか!」


「そうするか!」


商店街は網目のように入り組んでいて、八百屋の裏、魚屋の脇を通ってどんどん人通りの少ない路地へと歩いていく。


途中でりんご飴の屋台があり、珍しくすももの飴もあった。

一本買ってやると寺門さんは喜んで写真を撮っていた。


カメラを先日の部活で紛失した私は日々の生活でシャッターチャンスが訪れるとガッカリさせられた。


たぶん山の奥に置き忘れてしまったのかも知れない。


「タクちゃんも撮ってあげますよ」


すもも飴越しに私を撮影したらしいが、ピントがすもも飴に合っていて私の顔はボケていた。


「キナコ先輩たちも着いたんですかね」


「そう言えば連絡来てたかな」


ラインを開くと数分前に到着していたことが分かった。


「落ち合うにしてもこの路地は分かりづらいな」


「あっちに出ましょうか」


寺門さんの指さした方向へ歩くと視界が開けた。

そこはネオンの光る怪しげな光景が広がっていた。


煙草をふかした女のネイルがどぎつい紫をしている。

その隣で赤ら顔の青年が顎髭をさすっている。


外国語を話している女性がサラリーマンにしきりに声をかけている。


「うわあ、夜の街ですねー」


ガールズバーの呼び込みがメイド服を着て嬌声をあげる。

黒いマスクをした男と値段の交渉をする一見さんが階段を上っていく。


「ここは早く通り過ぎてしまおう」


寺門さんの側について足早に歓楽街を突き抜けていく。

店先にたむろする男たちに睨まれるのを無視するだけで気が滅入る。


やがて区画が変わり、ホテルが立ち並ぶエリアに着いた。


「どこまで行ってもピンク一色だな」


「こういうとこ来ないんですか?」


「さあどうだかね」


「休憩しません?わたし足が疲れました」


そこで私は立ち止まる。


「やだァ、冗談に決まってるじゃないですか」


「少し黙って」


異変に気づいた寺門さんも私とともにホテルの看板の影に隠れる。


今歩いてきた方向と正反対から、キナコと隼人が歩いてくる。


「タクちゃん、なんで隠れるの?」


背中越しに寺門さんが後ろから囁く。


キナコは隼人の肩にもたれかかり、手をつないでいる。

隼人は慣れた足取りでホテルの入り口に立つ。


「あのときのアイス、まだ買ってないよね」


背後で寺門さんが耳打ちしてくる。


「あのときのアイス?」


「ほら、財布を忘れて部屋に戻ったでしょう?そしてタクちゃん見たじゃない」


「見たって何を?」


「とぼけないでよ」


寺門さんの息が耳にかかる。

ぬるい感触が今にも耳たぶに触れてしまいそうだ。


「忘れたの?」


「なんだよ!」


振り返りざまに寺門さんから後ずさる。

寺門さんは怪訝な表情で私を見つめている。


「どうしました?」


ホテルの入り口には誰もいない。

さっきまで誰かがいたという気配もない。


「タクちゃん具合悪そうですよ。このままキナコ先輩たちに連絡して帰ります?」


「いや、大丈夫」


気づけばラインの通知は数件来ていて、隼人とキナコは金魚掬い大会に参加しているということだった。


「ふらふらしてますし、肩貸しましょうか」


小柄な寺門さんでも、意外と体幹がしっかりしていて、支えてもらうと安心感が芽生えた。


「悪い夢を見ているみたいなんだよ」


「まあ夢なら覚めると思いますよ。いずれね」


すもも飴を器用に舐めながら、寺門さんは私が倒れないように気を配っている。


「あのあと部室で寝たから熱中症かな」


「サウナで寝るのと同じですからね、絶対それです」


商店街の外れの川べりで落ち着いてから、キナコたちと合流した。


夏の暑さにやられたことはキナコと隼人には黙っていた。

せっかく祭りに来たのに、要らぬ心配をかけさせるわけにはいかないと思ったからだ。


寺門さんは射的に夢中になっていて、


「狙った獲物は逃しませんよ」


と言って大きな熊のぬいぐるみを見事に射抜いていた。






(続)

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