たまご
「て、寺門さん?」
白いシャツにジーンズ姿の寺門さんがニコリと会釈する。
「どうしてここに、と聞きたいんですよね。木嶋先輩」
自動販売機がブーンと電子音を響かせる。
静かな館内でそれはとりわけ大きな音に思えた。
グループラインでのやり取りは寺門さんの亀の写真で更新が止まっている。
私たちの居場所を正確に把握することができる術は思いつかない。
「世の中には不思議なことがあるんですよ」
妙に落ち着いた様子で寺門さんはポケットから硬貨を取り出した。
「サンタクロースが教えてもないプレゼントを送ってくれたり、焼肉デートに行ったときに限定ランチが丁度二人分だけ残っていたり」
硬貨とは反対の手に紙幣を折りたたんで持っている。
やがて紙幣に対して硬貨を押し当てていき、貫通させた。
パッと紙幣を開くと穴は開いていない。
寺門さんは硬貨を私の方へ差し出す。私はそれを無言で受け取る。
「サンタクロースは実在しない代わりに誰かが事前に子どもに欲しいものを尋ねるだろう、そして限定ランチもカップルが来る度に二人分しかありません、って言えば単価が高くても購入意欲を掻き立てられる」
私の発言に寺門さんはアハハと笑った。
「それはそうかも知れませんね。いざ、自分が渦中にいるときには意外と気が付かないものですよ」
自動販売機の機械音が途絶えた。
その瞬間に寺門さんはいなくなっていた。
頭がくらくらする。
どうやら飲みすぎたようだ。
財布を取りに部屋へ戻らなくてはならない。
真っ暗な廊下をとぼとぼ帰ってくると、リビングには誰もいない。
奥の和室からは部長のいびきが聞こえてくる。その反対側の和室からは物音はしない。
「キナコ、隼人?」
もう片方の和室に繋がる襖に手をかける。
「お、アイス待ってたぜ」
振り向くと隼人が立っていた。はだけた浴衣の内側で肌が赤くなっている。ひどく酔いが回っている様子だ。
私は和室の扉から手を離す。
「ん?手ぶらじゃん、どうしたんだよ」
「いや。財布を忘れちゃってさ」
「なんだそうだったのか。もうアイスはいいから寝ようぜ。トイレ行ったらからだが冷えちゃったよ」
隼人が布団にダイブする。うつ伏せのまま寝息を立て始めた。
片付け損なったトランプが散らばったままの床には缶ビールの結露で濡れた痕跡が目立った。
明日というか日付を跨いだ今日は晴れマークが出ている。
きっとキャンプ場も賑わうことだろう。
ーーーーー
多少地面の泥濘は気になるけれども、太陽は高く、風も出ている。じきに乾くに違いない。
スーパーで買ったソーセージやらキャベツやらを鉄板に並べていく。高そうなオリーブオイルは部長が実家からくすねてきたものだそうだ。
「エビは買わなかったのか、残念だな」
「すいません、たぶんオレのせいっす」
エビはあったが隼人がアレルギー持ちというのでやめた。
部長には申し訳ないが、牛タンで勘弁してもらう。
「まあ割り勘だしな、仕方あるまい。しかし事前に言ってくれればエビ代はボクが多めに出したのに…」
「部長、海行ったときにはたくさん食べましょ!」
ぶつぶつ文句を言う部長にキナコがピシャリと言い放つ。
「そうだな、キナコくん。海の生き物は漢字が面白くてね、例えばイルカは海の豚って書くんだよ〜」
「わあ。知ってます!」
「ふん。じゃあ海の鼠で何か分かるかな?」
ソーセージの脂が弾ける。裂けたところから肉汁がこぼれていい香りがする。
「え、分かんないですー。木嶋先輩知ってますか?」
「なんだろう、ウミウシとか?」
「ブハハ。木嶋くん、ハッズレー」
部長は得意げに四分の一にカットされたキャベツに向けて豪快にオリーブオイルをかけていく。
「隼人くんなら知ってるかな?」
「なまこっすね」
正解だったらしく部長は油性ペンの残る眉根にシワを寄せる。
「え、隼人先輩すっごーい!」
「じゃ、じゃあ、海鼠はいつの季語だい?」
鼻息荒く部長は次の問題を繰り出した。
「冬っすねー」
サラッと答えた隼人から部長は目を背けた。
クイズバトルを制した隼人が塩コショウで味つけをしていく。
部長はハンカチで額の汗を拭きながら息を整えている。
「そろそろ焼けたかな?」
私はすでにひっくり返してあるソーセージを皿に盛りつけていく。
火の通りの早い野菜も次々と取り分けていく。
「まだまだあるから、あとは各自で好きなタイミングで焼いたらいいよね」
私の言葉にキナコが頷く。
部長は隼人にべったりくっついて新たな質問を投げかけている。
それを煩わしそうにしつつも笑って隼人ははぐらかす。
「ハハハ、部長元気ですね!楽しそう。寺門さんも来れば良かったのになあ」
「あれから寺門さんから連絡来た?」
「いえ。来てませんけど。何かありました?」
「昨夜変な夢を見たんだ」
「え、あたしも木嶋先輩の夢見ましたよー」
私が操縦する宇宙船に乗って探検部のメンバーが星座を巡る旅をする夢を身ぶり手ぶりでキナコは語っている。
「アチっ」
驚いて声のした方を見ると、隼人が鉄板に誤って触ってしまったらしく、手の甲を抑えている。
部長は動揺してフリーズしていた。
クーラーボックスから素早く氷を取り出したキナコは隼人の患部を冷やす。
包み込むようにして添えられたキナコの両手の間に挟まれた隼人の手が冷たさに悶えるように小刻みに震えている。
氷嚢がどこかにあった気がした私は咄嗟に救急箱に手をかけていた。
「大丈夫、ちょっとビックリしただけだから」
「だめ、じっとしててください!あたしが抑えておきますから」
「うーん。でも氷そのままだとすぐに溶けちゃうし、なあ木嶋」
隼人がこちらに視線を送ってくる。
救急箱を開けて氷嚢を探り当てた私はクーラーボックスの氷を詰めていく。そしてそれを渡すと、キナコがようやく安心したように隼人から離れた。
部長の背後で焼く前の肉が太陽に晒されてぬるくなっている。
逆に焼けた肉は冷えて固まっている。
そのときの私はその二つの事象がどうして同時に起きるのかをぼんやりと考えていた。
(続)




