なまこ
男湯は露天風呂、女湯は内風呂と時間で区切られているらしかった。
露天風呂に入れないことを悔しがるキナコは、ビンのコーヒー牛乳が自動販売機にあると分かりすぐに機嫌を取り戻していた。
コインロッカーに湿った服を脱ぎ捨てて、私たち三人は大浴場に入った。
まずは露天風呂のあるエリアまで階段で上がらなくてはならない。大した距離ではないにしろ、濡れた石段はツルツルとしている。
「こりゃ冬に来たら寒いな」
そう言って隼人が辺りを見渡す。
右手には木製の柵がずらりと並んでおり、左手には野草が繁茂している。
草むらの向こうには川が東西に曲がりくねって流れており、白い水流が勢いをつけて迸っている。
川上から風下となっている露天風呂エリアは吹きさらしになっており、木製の柵にぶつかった風がタオルを巻き上げる。
「雪化粧した温泉も乙なものだぞ。体脂肪の低そうな君たちには辛かろうがね」
「いつかはオレたちも部長みたいになりますって、遅かれ早かれ。木嶋もそう思わないか?」
腰に巻いたタオルに腹の肉が乗った部長と、うっすら割れた腹筋の隼人を見比べる。
大学に入ってからは不摂生が続き、ジャンクフードで体型が少しずつ変わってきている自覚はあった。
私は隼人のようにジムに通っているわけではないので、どちらかと言えば部長に近い部類な気がした。
「部室にある集合写真の部長は痩せてましたもんね。そう考えると、隼人の言う通りかも知れないな」
「やめたまえ木嶋くん、まるでボクをこの世の終わりみたいに喩えるのは」
百段は登っただろうか、東屋が見えてきた。
「おお、けっこうデカいな」
東屋の下に並べられた桶がからだを洗うところで、川を眼下に一望できる風呂には屋根がなかった。
「せっかく洗っても濡れてしまうわけだね〜。ってええ!?」
鏡に映った自分の顔を摘んだまま部長が硬直している。
「な、な、なんだこの落書きは」
「今更気づいたんですか、眉毛太過ぎですよ」
シャワーで髪をすすぐ隼人と私は思わず吹き出してしまった。
「年長者を愚弄するとはけしからんな、しかも油性ペンじゃないか〜」
ゴシゴシ懸命に石鹸で洗顔する部長を残して私と隼人は湯船に浸かる。
雨の波紋が広がる水面に足が触れたときに余りの熱さに皮膚がピリピリした。
空を見上げて満天の星空、とはならないが真正面から降りてくる絶え間ない雨粒を凝視するのは私にとって時間の流れを感じさせないという点で心地良かった。
隼人も無言で目を瞑り、運転疲れした心身を労っているようだった。
ーーーーー
神経衰弱ゲームが始まったのは夜中の一時を回ったころだった。
民宿に戻る途中で買ったビールや缶チューハイをあらかた飲みつくした私たちは酔いが十分に回っていた。
「いかん、ボクもう眠い」
腹が減ったのかキャンプで食べるはずの羊羹にかぶりついていた部長がギブアップして、三つある部屋のうち奥の和室に姿を消した。
私と隼人、それとキナコは真ん中のリビングで布団に寝っ転がりながらトランプを続ける。
「確かここがハートの3だったと思うんだよね〜」
長い髪を後ろでひとつにまとめたキナコは気合を入れてカードをめくる。
「うがー!全然違うじゃん」
「クク。ハートの3はこっちだぜ」
すかさず隼人が三列目の端っこを叩く。
私の番が回ってきても、頭がくらくらして当てずっぽうになってしまう。
最終結果は隼人が10ペア、キナコが8ペア、私が9ペアとなった。
「罰ゲームでさ、売店でアイス買ってきてよ、木嶋さ」
「なんでだよ、敗けたのはキナコじゃないか」
「ハハいいじゃん別に、細かいこと気にしないでよ先輩ったら」
キナコまで隼人にのっかってしまっては、私はなんだか従わざるを得ない状況に陥ってしまった。
「オレがあとでちゃんと払うからさ」
「それはいいけど、売店やってんのかな」
「自動販売機なら買えると思います!」
おずおずと部屋を出た私は薄暗い廊下を案内板を頼りに売店へと向かう。
古民家を改装した民宿は風呂が取り壊されて利用できないこと以外は普通の旅館と遜色なかった。
ちっぽけなロビーにそれはあった。
箱に入ったアイスがずらりと表示されている。
スキー場なんかにも同じものが置いてある。
「やべっ」
財布を持って来るのを忘れてしまった。
部屋に戻ろうとして立ち止まる。
「ん?」
ロビーのソファに人影が見えた。
誰かに似ている。
そう思って近づくと、その人は立ち上がった。
(続)




