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〜きなこ〜  作者: きなこのママ


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14/15

えとど

骨壺を抱きかかえて助手席に座っていると、部長という人間がかつて存在しており、今は無機物だけがその面影を残して膝に重みとして感じられることが不思議と私にはそう遠い未来の話ではないように思える。


つまり人は、死ぬのだ。

遅かれ早かれ死んでしまう。


死というのは結局、なんなのだろうか。

骨さえあれば生きているのと変わらないとは到底言えまい。


「巫女さんってよりオバケだよね、寺門さんの衣装」


「衣装というか、正装ですね」


後部座席で話す二人は眠そうにうつらうつらしている。

無理もない、普段はもうベッドに入って寝息をたてているころだ。


「おい木嶋、部長はどうやって生き返るんだ?」


ハンドルを握りながら隼人の目がギラついている。灰色の瞳が夜の静けさをたたえていた。

河原の石で水切りしたときの波紋に似た瞳だ。誰も近づけない。近づいたら直ちに消えてしまう。


「さあ、分からないよ。寺門さんがシャーマンなんだから、それを信じるしかないんだ」


「クク、シャーマン?降霊術でもするのかよ」


「ええ。まったくもってその通りです」


深く息を吸って寺門さんは頭を小刻みに震わせていく。

首の角度がねじれていき、鎖骨と耳がくっついている。

とても柔らかい体の持ち主なのだろう。


「寺門さん、大丈夫?」


キナコの問いかけに返事はない。

顎を反らした寺門さんは運転席を見下ろすような形で隼人の後頭部を睨んでいる。その目は白い。


「どう見ても大丈夫じゃないだろ」


耐えかねた隼人がブルートゥースで音楽をかけ始める。

信号機がどれも赤に変わり、無人の交差点を隼人の車は突っ切っていく。


「おい、危ないよ」


ブルートゥースの接続が悪いのか、雨のしずくが弾けるような音が混じる。


「隼人、おい、ブレーキ」


四人を乗せた車はぐんぐん加速していく。

電信柱が細い糸のように視界から飛び去る。

住宅街は粘土でできた森のように、灰色の街並みが万華鏡のようにどこまでも伸びていく。


生け垣からは黒猫が無数に現れて、車と並走しようと走り出す。


「隼人…」


私は目を閉じる。

すると寺門さんと目が合った。


「今、何が起きているんだ?」


「タクちゃん」


「うん?」


寺門さんは白装束も着ていなければ、首がねじれてもいない。


「部長に会いたい?」


「会うって?骨壺ではなくてってこと?」


「無機物でも、有機物でもない、部長と聞いて一番に思い浮かぶ姿の部長のこと」


ふとキナコが気になった。声がしない。気配もない。もう寝てしまったのか。


「一度亡くなった人に会うってどんな感じなんだ」


「それはもう分かってるじゃない。そう思うことがそんな感じなの。さ、目を開けたら?」


膝の上で抱えていた骨壺の重みが薄らいでいく。

でも確かにそこに骨壺はある、消えていくのは私の感覚のほうかも知れない。


ーーー


地面に這いつくばった姿勢で、私は強烈な眠気に襲われていた。

唇の焼けたような痛みと、足首の燃えるような痺れが同時に襲ってきていて、逆に意識が混濁している。


右手が握りしめる拳は乾いた草をすり潰し、青い匂いが鼻腔に迫る。


仰向けのまま倒れた部長の腹が細かく上下している。

額からは黒い血が流れたあとに固まってこびりついていた。


「部長、生きてますか」


匍匐前進して部長に近寄る。

肘や肩、腰にかけての鈍痛が、意識を途切れさせるには十分な威力を誇っている。


どれだけ前に進んでも、引き潮に押し返される波のように私のからだはある一定の間隔を部長に対して保っていた。


「くそ、こんなはずじゃ」


空の高いところで鳥が旋回している。

餌を探して森を俯瞰している。


スマホの電波も届かない山岳地帯で男二人寝そべったまま動けない。


芋虫になった気分だ。

やっとのことで部長の隣にたどり着く。

ポケットからタオルを取り出して部長の頭に巻きつける。

鼻と口しか出ていない部長はミイラのようだった。


「誰だい?」


「木嶋です」


「視界が真っ暗だよ。それに頭も痛い。でも不思議と思考はクリアなんだ。木嶋くんはどうしてここに?」


「やだなあ部長。一緒に崖から落ちたんじゃないですか。忘れたんですか?」


すると部長はああ、と言って納得したようだった。


季節は夏。

部活動中に滑落したことを私は自分の言葉で思い出した。

険しいルートというわけでもないのに、急な斜面で不安定な体勢になった私は咄嗟に部長に手を伸ばした。


「キミが無事ならいいんだ」


部長の額のタオルにはじんわりと血がにじんでくる。

血がにじんだタオルは赤く色づいていく。

もしも部長の中から血が枯渇してしまったなら、きっとタオルは白いままその純潔を守り通すに違いない。


「なんだか眠いよ」


夕方の講義を聞き終えた直後の学生が言うセリフに近い。どうせその場で寝るわけではないのに、眠気そのものは真実として秘めてある。


「まだ眠るには早いです。部長には聞いておかなくてはならないことがありますから」


切れた唇から鉄の味がする。

唇は言葉を放つとき、物を食べるとき、様々なシチュエーションで活用される。


「木嶋くん。世の中には知らなくていいことがあるよ」


「それでも知らなくてはならないときもあります。知らないことを知ろうとすることはヒトとしての根源的な欲求であり、ときとして正当化されうると私は思います」


「キミにはボクがいなくなったら部長をやって欲しいと思ってたんだ。だけど部活自体がなくなることもあるんだな。それなら少し考え直さなくてはならないよね」


「そうですね。時代は思いがけず変わっていくものです」


止まらない部長の血はタオルを突き破り耳まで垂れて一筋の雫となり土に吸収されていく。

しかしその血は赤くはなかった。透明な、少し濁った薄紫色をしていた。


紫陽花と区別がつきにくい、非常に限定的な発色だった。


「紫陽花はね、木嶋くん。青や桃色や紫なんかがあるでしょう?あれはね、体内で酸性度が変わるんだよね。ヒトだったらさ、ひとたまりもないよ」


部長の顔面の上でタオルは水色や赤、紫をローテーションしている。途切れなく緩やかに色が移り変わっていく。


青が青と出会い溶けていく。するとまた違った青がどこからか生まれる。


「梅干しってさ、アルカリ性食品なんだってさ。酸っぱいのにね。ボクは今コーヒーと梅酒が飲みたいよ」


「残念ながらここにはないですね」


「ハハハ。そんなことは良く知ってるよ。手に入らないものほどヒトは欲しくなるのさ。木嶋くんも良く知っている(・・・・・・・)だろう?」


積乱雲が天空に広がっている。それは遠くの山の上での出来事だ。夏の夕立を誘う大柄な役者だ。

風鈴は心地よい音色で癒してくれるのと同様に、傘を持たずに見舞われた大雨への恨みつらみもまた欠かせない要素なのだ。


手のひらには強く掴んだせいで草の汁がくっついて取れない。

この滑落事件がなかったら、部長が冬に亡くなることは避けられたかも知れない。


でも部長は死んだ。

生まれたときに始点と終点が決まっているとすれば、すべての出来事は単なる分岐した通過点のうちのひとつに過ぎない。




(続)

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