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〜きなこ〜  作者: きなこのママ


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10/15

なめこ

寺門さんの家族はとても裕福で、避暑地に別荘を幾つも抱えていると入部して間もないころに聞いたことがある。


亀が動物で一番好みらしく、亀専用のプールが存在する。

小亀から飼育して、プールの大きさもからだのサイズに合わせて少しずつ大きくしていくのだそうだ。


餌をやり忘れて帰るくらいだから、本当に大切に思っているのが良く分かる。


手のひらに乗っていたものが、両手で抱えるまでに成長するそうだ。


ペット禁止のマンションであっても、亀は吠えないし激しく動き回ることもないから、オーナーや隣近所にバレることもない。


私は亀よりも蛇が好きだ。


宝石に似た瞳の曲線。

鱗の光沢。

しなやかなからだのカーブ。


「亀の水槽に蛇がやってきて食べちゃうんです。だから柵を付けたんですよね。それでも蛇って狡猾なので、網の目を掻い潜ってくることもあります。亀は足が遅いですから、逃げられないんですよね」


寺門さんの蛇に対するイメージは歓迎できない捕食者であった。

私は亀を飼っていないからその痛みは分からない。

亀を飼ってみれば辛さが理解できる可能性はある。

でもそうしないのはきっと亀に興味がないからなのかも知れない。


玄関で寝たまま何時間経ったか覚束ない。

スマホの通知がある。


寺門さんに電話を折り返す約束をしていた。

向こうからまたかけてきたのかと思ったけど違った。

結果的にはキナコからのラインだけが通知されていただけだった。


「海で部活をする前に、下見に行かないですか?」とメッセージが来ている。

部のグループラインには共有していない情報だ。


下見の目的はなんだろう。

海が天候により遊泳できないとなった場合の代替案を現地で捜索することか。

そんなものはインターネットで調べれば出てきそうだ。

人工知能に尋ねたっていい。

海水浴場で一日過ごすプランを教えて?とか聞けば幾つでも候補を挙げてくれると思う。


疑問を投げかけたラインはすぐに既読になってやり取りが始まる。


木嶋:事前にみんなで行くのと、当日現地に行くのは変わらない気がする…


キナコ:ですよね笑


木嶋:キナコはどうしたいの?


キナコ:んー、水質とか実際にどんなものか気になっただけです!


木嶋:汚れてたら泳ぐ気なくなる的な?


キナコ:的な!


木嶋:テレビの海水浴客って海が汚くてもせっかく来たから仕方なく入るケースあるのかな


キナコ:水着だけど全く海に入らない人もいそうです


木嶋:なるほど。で、行くなら二人で?


キナコ:そうなりますね


木嶋:バイトあるから午後からでもいい?


キナコ:先輩に合わせます


木嶋:じゃあ週末晴れたら


キナコ:はーい


ーーーーー


どんよりとした雲が海上に浮かんでいる。

一艘の船も見当たらない。

風が時折強く吹いてキナコが髪の毛を片手で押さえる。


波打ち際は白い飛沫が高く舞い上がる。

砂に書いた文字はごっそり根元から波にさらわれる。


「あれ、晴れじゃなかった?」


「晴れですね。昨日の予報では」


「天気予報はアテにならないね」


「言ってるそばから雨も降ってきました!」


濁った海面はすぐに雨と混じり合い溶けていく。

これでは海に来た意味がない。


果たしてそうだろうか。

海に来るということ。

水に触れる?景色を楽しむ?会話に勤しむ?

それとも…


「帰るか」


「そうですねえ」


「バスの時刻表どれだっけ」


検索サイトが見つからなかったから、バス停の表示を写真に収めていた。


「一時間に一本みたい」


「あと四十五分もありますよ」


「待つしかないよな。バスが来るまで」


後ろ髪引かれるのかキナコは海に意識を向けている。


「泳ぎます?」


「え?」


「二人で泳ぎませんか」


「めちゃくちゃ荒れてるけど、空も海も」


「冗談ですよ」


「本気っぽい雰囲気出てたよ?」


「本気で思うことって悪いことですか?それを実際にするかどうかは別として、あたしが先輩と」


バス停までは砂浜からコンクリート製の階段を上がっていくだけだ。

風はますます強くなる。

雨が髪を濡らす。


「良く分からないけど、思うことは誰も等しく自由なんじゃない?」


「でも海は危ないから泳がない、と先輩は言うの」


「事実としてはそうだよ。だってこの海見てよ、プロのスイマーでも助からない。そこに素人二人で、何の装備もなしに泳ぐなんてさ、突拍子もなさすぎるって感じたわけ」


「じゃあどうしますか?」


「どうって…」


バスは来ない。そんな情報が脳内で新幹線の電光掲示板みたいに右から左へ流れていく。

少なくとも(・・・・・)今は来ていない。


砂浜からバス停までの道のりは遠い。

キナコは私のすぐ隣にいる。

海からは潮風が絶え間なく吹きつける。

ここにこのままいては危険だ。

どこかに行かなくてはならない。


「どこかには行かなきゃ行けないんだ、そうだろ?ここにいると雨に押しつぶされてしまいそうになる。キナコは歩けるかい?」


「あたしは歩けるわ。どこにだって行ける。でもね、それはバス停じゃない、バスは遅すぎるし。今来ないのならやめるべきですよ」


灰色の浜辺に残された二人はゆっくりと歩き始める。

海の方向と反対側に足跡がついていく。


雨合羽を着た男が自転車をとめてその光景を見ている。

男の目には二人の男女が確かな足取りで、迷いなく導かれているように映っていた。

バスはまだやって来ない。





(続)

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