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幸福と呪いはワンルームにいる

作者: 卯月つぎ

 「うわー、またやっちゃったよ」


 どこにでもいる普通の会社員、沢田紗枝(サワダ サエ)は1Rの部屋に届いた大きな段ボールを見てつぶやく。

 サエは酔っ払うといらないものを衝動買いする癖がある。今のところ支払いに困るような額の買い物はしていないけどちょっと怖い。だからお酒は控えていたのに、数日前に学生時代の友人たちと久しぶりに会い楽しくて飲み過ぎてしまった。フリマアプリを確認するとその日の遅くに落札した履歴があった。


 「人形だ、二人もいる。結構でかいし」


 段ボールを開封してみたところ、おかっぱ頭の日本人形が二体入っていた。色違いの着物を着ているが顔はそっくりだ。サエが人形に詳しくないので同じに見えるだけかもしれないが。

 スマホの画像検索アプリで調べてみる。どうやら市松人形というやつらしい。一般的に40㎝くらい、この人形たちもそれくらいだ。こどものころ、お雛様といっしょに飾ってあるのを見たような気がする。


 「うーん、とりあえず紫の着物がお市で赤い着物がお松ね」


 サエは人形の名前を決めると棚の上に並べて寝てしまった。いらないなら返品するとか売るとかすれば良いのだが、面倒くさいのでとりあえず後回しにしたのだ。


----

 二体の人形が入れられていた段ボールの底に出品者からの手紙があった。サエはこの手紙を見ていない。


 『この子たちはとても仲が悪いです。でも引き離すことはできません』


-----

 草木も眠る丑三つ時、つまり午前二時ころのこと。


 「今度の主人は大雑把な人間だな」

 「あら、おおらかでいいじゃありませんこと」

 

 この部屋唯一の住人が寝ているのに行われている会話。


 「……『お松』今度も私が勝つからな」

 「『お市』さん、いつあなたが私に勝ったと?」


 棚の上に置かれた二体の人形の会話である。この二体は普通ではない、魂の入った人形だった。お市と名付けられた紫色の着物の人形は持ち主に不幸をもたらす人形、お松と名付けられた赤い着物の人形は持ち主に幸福をもたらす人形だ。お互い正反対の性質を持つためずっと競い合ってきた。

 

 お市の呪いが成立すれば不幸になる。お松の祝福が成功すれば幸福になる。両方が共存することはできない。そしてなぜか二体を引き離すことはできないので常に競い合っている。

 人間の幸不幸など決まりきっている、と考えていた二体だが昨今は多様性だのなんだのでいろんな幸せ・不幸せの形があるらしい。昔に比べてやりにくい。


 とりあえず、悪夢でも見せてやるか。

 とりあえず、楽しい夢を見せましょう。


 ぐっすり寝ている新しい持ち主を見つめながら人形たちは行動にでた。その結果は……。


-----

 銀行のアプリをチェックするとなぜか残高がゼロだった。たまに衝動買いはするもののそこまで使っていないはず。でも何度見直してもゼロはゼロのまま。どうしよう。


 そうだ、現金はいくら残ってる? サイフさいふ財布!

 入ってるのはお金じゃない、なにこれ。宝くじだ。そしてこれは一等前後賞大当たりのくじだ。いえーい大金持ち。七億だっけ十億だっけ。どっちにしてもゼロになる前の貯金よりずっとずっと多い。


 ……ってなんでクジ見ただけでそんなのわかるのさ。あ、これ夢だ。


 朝六時、いつもの時間に起床したサエはトーストと牛乳で軽い朝食をとりながら今朝方見た夢をぼんやり思い出す。

 宝くじ当たって大金持ち、いいなあ。でもその前に銀行残高ゼロの謎を解かないとそのお金も無くなってしまうのでは。めんどいなあ、それ。他の銀行に口座つくればいいのか。

 サエは夢をよく見るし内容も覚えている方である。その内容を思い返してあれこれ空想するのが朝のルーティーンとなっている。暇つぶしともいう。


 ふと棚の上に目をやると昨日届いた人形たちがいる。

 お金がなくなる夢はこのこたちを買ったからかな。それなら宝くじ当たるのはこのこたちが招いてくれるんだったりして。


 「ま、どんだけ考えても夢は夢だしなー」


 そう言ってサエは出勤するのであった。夢のことはすっかり忘れて。


-----

 夢程度では不幸も幸福もないらしい。繊細な人間なら効いただろうが今度の主人はそういう種類ではないようだった。


 それならばもっとわかりやすい形で与えねば。

 それには相手を知らなければならない。

 お市とお松、不幸と幸福どちらから見ても同じ考えに至った。


 そんなわけで、二体は軽いジャブを打ちながら新しい主人を観察することにしたのだ。


 二体がどのようにサエを観察したか。こっそり動いてあとをつける、不思議な力で透視する……なんてことはできない。あくまで二体にできるのは、不幸または幸福にすることだけだ。


 1Rの棚の上でサエが自宅にいる間に見聞きした情報を整理する。


 二十代半ば、独身、恋人いなそう、友人はいるらしい、働いている。

 この狭い部屋(=1R)で一人暮らし。

 裕福ではないが生活に困ってもいない。

 仕事の愚痴を言うことはあるが、深刻なものではない。

 休日は昼近くまで寝ている、予定がなければ自宅でダラダラ。


 可もなく不可もなく。二体が人間的感覚を持ち合わせていたらモチベーションが保てなかったかもしれない。だがそんなことはない。


 私は人間を不幸にする、そういう存在なのだから byお市

 私は人間を幸福にする、そう言う存在なのだから byお松


-----

 人形たちがサエを観察しているときに打ったジャブの一部を紹介する。


 若い女なら虫が苦手だろう。屋内に出没しがちで尚且つ嫌われているあの虫を出してみる。

 サエは驚いたようだったが、殺虫剤を持ってきて冷静に対処した。

 「掃除ちゃんとしてるのになあ、集合住宅はしょうがないか」

 

 一人で暮らしているならお料理も大変でしょう。自然な形で差し入れがあると嬉しいですよね。

 玄関のチャイムがなる。宅配便のお兄さんがいる。実家の母から食材の差し入れだった。

 「お母さんありがとー、でもみかんの缶詰多すぎ。そんなに風邪ひかないし」


 仕事に行くために毎日決まった時間に起きている。スマホの目覚ましアプリを使って。

 これをこっそり止めてやれば寝坊して遅刻で大変に違いない。

 「あれ、目覚まし鳴らなかった」

 サエはいつもの時間に目覚めた。会社員なんて意外とそんなものである。


 週末になるとコンビニスイーツを買ってきます。それを食べるのがささやかな楽しみなようです。

 その効果を少し高めてみましょうか。

 「美味しい〜これこれ」

 QRコードを読み込んで応募するクジを当たるように仕向けたのに、サエはその存在に気が付かなかった。


 「今日は私の勝利、朝一回と夜二回不幸にできた」

 「いいえ、私の勝ちですわ。お市さんのはどれも空振りでしたけど、こちらは朝晩一回ずつ成功しましたもの」

 「空振りはそっちだろう」


 部屋の主が寝静まったあと、人形たちはこのように毎晩こじつけに近い成果を主張しあうのだった。

 

-----

 人形たちがこれといった決め手がなく小競り合いを繰り返しているある休日のこと。

 サエのスマホに着信があった。普段はメッセージアプリでのやり取りが多いので通話は珍しい。


「タクちゃん、もう駅着いたの? ごめーんすぐ行く」


 どうやら待ち合わせ相手からの電話らしい。サエは急いで身だしなみを整えて出ていった。

 棚の上でその様子を見ていた二体の人形は少なからず驚いていた。


 「タクちゃん……男か?」

 「タクちゃん呼びになりそうな名前というと、タクヤ、タクミなどでしょうか」

 「かなり親しいようだったな」

 「もしかして、もしかするのでしょうか」


 異性の気配がまるでしなかったサエに男から電話がきた。待ち合わせているようだ、デートと言うやつだろうか。遅刻気味だったが。

 

 これは不幸にするためのいい情報だ! byお市

 これは幸福にするためのいい情報です! byお松


 色恋と言うものは不幸にも幸福にもなりやすい。不幸・幸福合戦はこれまでの小競り合いとは違う様相を呈してきたのだった。


-----

 デートならしばらく帰らないだろう、と考えていた人形たちだがサエは意外と早く帰ってきた。例のタクちゃんを連れて。

 

 「お邪魔します」

 「いらっしゃーい、そんな畏まらなくていいよ」

 

 なかなか男前でさわやかな青年である。年はサエよりも少し若いだろうか。


 「荷物持ちありがとー、男手あるといいね」

 「サエちゃんちゃっかり俺のこと使うよな」


 あっけらかんと言うサエに、苦笑いしつつ答える“タクちゃん“。

 かなり親しそうである。買い物の荷物持ちをさせて笑って済ませてくれるくらいには。

 

 電話と外出の様子から恋人未満の友人関係かと推測していた人形たちだったが、おそらくハズレだ。

 ごく自然に生活に溶け込んでいる。


 今時の恋人たちはこんな風なのだろうか。この二人が特殊なのだろうか。

 それはわからないが部屋に戻ってきたのなら直接観察しながら不幸or幸福にすれば良いのだ。


-----

  帰宅した二人はサエの出したお(ペットボトル)とお菓子を食べながらとりとめのない雑談をしていた。


「最近面白いYouTuberとかみつけた?」

「この人いいよ」

「料理チャンネルじゃん。相変わらず好きだね」


 タクちゃんは料理が好きらしい。サエはあまりしない。たまになんとかの素を使って作るくらいだ。


 近頃いろいろ変わってやりにくい。女が料理をするのが当然だったころなら料理を失敗させて好感度を下げてやれば簡単だったのに。


 ……とお市さんは考えているでしょうね。そういう時代でしたら料理の失敗くらい許容してくださる殿方の方が幸せになれるというものです。


 仮定の話をしても仕方がない。目の前の二人を観察してなにかとっかかりを探さねば。


 YouTuberの話からスマホを見せあっておすすめの動画の話などしている。料理やら動物やらを見ているらしい。

この二人がそういうものが好きなら反対の方向性のものを見せてやれば効果があるかもしれない。男が怖がってサエが覚めるという方向もありだろう。


「あれ、動画が削除済ばっかりになってる、再生できるのないんだけど」

「そんなことあるんだ、うわこっちも」


 お市はグロテスクな内容の動画を見せようとしたが既に削除されているものばかりだった。


 「ま、まあ水はさせたからな」

 「強引にも程がありますわよ」

 「お前は何もしていないじゃないか」

 「これからですわ」


 動画サイトの調子がおかしくて首を捻っている人間二人の後ろで人間には聞こえない会話をする二体だった。


-----

 「お腹すいたなあ」

 「じゃあそろそろ昼飯作るよ」


 時計は午後二時近い。起きるのが遅く朝食も軽めだったサエはこの時間になってようやくお昼ご飯気分になった。

 普段は適当にすませるが、今日はタクちゃんが作ってくれることになっている。タクちゃんの料理はなんでも美味しいので楽しみだ。


 「やった、今日は何作ってくれるの?」

 「それくらい材料見てわかってくれよ」


 苦笑しつつもテキパキと用意してくれる。サエがスマホをいじっている間に準備ができたようだ。チャーハンに中華スープが出てきた。


 「いただきまーす! ……相変わらず美味しいねえ」

 「ありがと」

 「でも女子相手ならパスタとかのが受けるんじゃない?」

 「サエちゃんチャーハンのが好きじゃん」


 パスタも好きなのだが。まあ、目の前のチャーハンが大変美味しいのでよしとする。


-----

 美味しいチャーハンとスープでなんとも幸せそうなサエである。

 持ち主が幸せそうなのは良いことである。良いことであるのだが……


 「私の出番がありませんわ…」

 

 お松の幸運の力を使って仲を深めるとかそんな段階ではなさそうだ。なんだかもう家族のようで。


 「と言うことは私の出番と言う訳だな」

 「うう、でも先ほどのも対して効いてませんでしたわ」

 「少しでも何にもないよりマシだ」

 「うううう」


 不幸にする余地はたくさんあるとみて、自分に有利な状況だとお市は考えた。


-----

 昼食が終わって二人はくつろいだ様子で会話をしている。

 そこに棚の上のお市が呪いで茶々をいれるのだ。


 タクちゃんのほうがサエより若いらしい。それならばサエより若い女から連絡などあれば不穏な空気になるだろう。

 見た目も悪くないし好意のある女もいるのではないか。誤解でもきっかけになればそれでよし。


 タクちゃんがスマホを見る。誰かからメッセージが送られてきたようだ。返事を返している。


 「何? 女の子?」

 「うん、サークルの子。飲み会の誘いだったけど、今日は断った」

 「だよね、今日は無理だよね」


 ダメージを受けるどころかなぜかニヤニヤしているサエ。後ろめたい様子など微塵もないタクちゃん。

 どういうことだこれは。両者とも少しはあるだろう、なにか、こう。それともなんだ、本命の余裕か。


 能動的に幸せをもたらせないなら、せめてお市のふりまく不幸を帳消しにしようと考えたお松だったがその必要はないらしい。

 サエのあまり考えない性格はこうなると強い。

 幸せの人形としては、主人が幸せならいいとしよう。 


 実は人形たちは大きな思い違いをしているのだ。それはもう少しで明らかになるのだが……


-----

 「……サエちゃんに話があるんだけど」


 タクちゃんが今までとは違うどこか緊張したような表情で言う。


 「ん? なにどしたの」


 サエは相変わらずお気楽そうだ。


 「春から一緒に住まないかって」


 これは同棲とやらの申し込みか! サエが素直に受けてしまったら幸せになってしまう。いや、ここは静かにしておいて同棲しはじめてから呪いをかけたほうがより不幸になるか?


 まあ! サエさんとタクちゃんさんはそこまでの仲だったのですね。それなら二人そろって幸せになるお手伝いができそうですわ!


 「一緒に住んだら家賃やすくなるよね、タクちゃんのごはんもおいしいし悪い話じゃないなあ」


 聞き耳を立てていた人形たちが拍子抜けするようなことを言うサエ。タクちゃんもさすがにこの反応は望んでいないのでは。


 「新入社員のうちは給料少ないしそこはいいんだけどさ」


  いや、普通に会話がなりたっている。なんだこの二人は。まあ結婚を考えているなら金銭は重要だ。夢のような話よりも現実的なことを検討したいのかもしれない。などと人形たちが試案をまとめていると……


 「お姉ちゃんがいたら彼女呼べないもんね」


 と、にやにやしながら答えるサエ。

 

 「父さんがサエちゃんの一人暮らし心配しててさあ」

 「もう三年目だよ、今更だなあ」


 きょうだい。恋人ではなく姉と弟。

 それは家族的な雰囲気もでる。他の女から連絡きたって平気だ。


 飲み会の誘いを断ったときの思わせぶりな会話はなんだったんだ。


 「そろそろ時間だから行くよ」

 「いってらー。内定者の飲み会だっけ」

 「そうそう、入社前だけど仲良くなったから都合のあうメンバーでさ」

 「いいなあ、私のときはのまだ飲み会自粛モードだったからなかったんだよね」


 タクちゃんはもともと別の飲み会に参加予定でそれまでの時間つぶしと父親の意向を姉に伝えるためにやってきたのだ。


 上着を着て部屋を出ようとしたタクちゃんが棚の上に目をやる。


 「サエちゃん人形とか好きだったっけ」

 「別に。酔った時に勢いで買っちゃった」

 「またやったんだ。それ気を付けなよ」

 

 酔った時にやらかす癖はちょっと危ない気もする。姉との同居は前向きに考えたておいたほうがよいかと思う弟だった。


 その人形たちが特殊な力をもっているのだが人間たちにはそんなことはわからない。そして今のところ実害はなんにもない。


-----

 以下はサエとタクちゃんの関係を知った人形たちの会話である。


 「まぎらわしい! きょうだいなら姉さんとか姉上とか呼ぶものだ」

 「名前呼びするきょうだいも普通におりましてよ。あと姉上はさすがに古すぎます」

 「お前も勘違いしてたくせに何言ってるんだ」

 「私はサエさんが幸せならそれでかまいませんわ」


 不幸または幸福をもたらす絶好のチャンス、は人形たちの勘違いであった。


 タクちゃんの訪問が終わったあともなんとか知恵を絞りだしてサエを不幸または幸福に導こうとする人形たち。

 果たしてお市とお松の決着がつく日は来るのだろうか。


-----

 「拓海(タクミ)から話は聞いた?」

 「聞いたよ、お父さん心配しすぎっていっといてよお母さん」

 「そうねえ、でも一応考えておいて」

 「ふあーい」


 母との通話を終えた後、ふと棚の上に目をやるサエ。紫の着物と赤い着物を着た二体の人形。

 届いたときより人形たちの表情が豊かになった気がする。


 「そんなわけないか」

 こうしてサエの日常は続くのである。

登場人物紹介


沢田サワダ 紗枝サエ

25歳、独身、彼氏なし、会社員、1Rに一人暮らし。

細かいことは気にしない性格。


呪いの人形

お市(命名サエ)市松人形の市から

呪うことに理由なんてないのです、そういう存在だから


幸福の人形

お松(命名サエ)市松人形の松から

幸せにすることに理由になんてないのです、そういう存在だから。


沢田サワダ 拓海タクミ

サエの弟。大学四年生。料理がうまい。

姉とはお互い名前呼び。サエちゃんタクちゃん。仲良し。

結構イケメン。

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