第8話「最後の試練、そして火の証明」
再査定の当日、朝。
工房の炉が、深く低く、静かに燃えていた。
弟子たちは、もう誰も浮ついた様子を見せなかった。
フェンはいつものように布を頭に巻き、剣の柄を布で丁寧に磨いている。
ライラは自作の外套を着て、黙って姿勢を正していた。
グリトは補助具を鞄に収め、最後の確認を繰り返していた。
「……時間だな」
俺の言葉に、三人は頷いた。
工房の扉を開け、ギルド支部の方へと向かう道すがら、サーシャが後ろから声をかけてきた。
「ねえ、私たちの“証明”って、あのギルド査定に届くと思う?」
「届かせるさ」
俺は前を見たまま、答える。
「技術も想いも、火の前じゃ隠せねぇ。火は正直だ。それに――」
「俺たちの鍛冶は、もう“家族の仕事”だ。評価なんかより、よほど重い」
サーシャは驚いたような顔をして、それからそっと微笑んだ。
王都鍛冶ギルドの辺境支部。
その講堂には、以前と違う空気が流れていた。
前回は皮肉な笑みを浮かべた“ジャルゴ”という査定官がいた。
だが、今回待っていたのは白髪で厳しい眼差しを持つ、年老いた職人だった。
「私が今回の再審査を担当する、ギルド本部査定官、ゼガル・ヴァン」
彼の声は低く、だが重みがあった。
「前回の査定内容に不備があったとの通報を受け、本部から出向いた」
周囲のギルド員たちがざわめいた。
ゼガル――鍛冶の“伝説”とまで言われた男が、こんな辺境まで来るなど、通常ではあり得ない。
「見せてもらおう。お前たちの“真の業”を」
俺たちは三人分の武具を講堂中央に置いた。
フェンの【霊銀刃】、ライラの【防刃外套】、グリトの【補助具】。
ゼガルは、静かにそれぞれを手に取り、ひとつひとつを見つめた。
まずはフェンの剣。
ゼガルは柄を握り、空を斬った。
――ヒュッ!
空気を切り裂いた音に、周囲の鍛冶師たちが息を飲んだ。
「重心が刃寄りにあるな。だが、それが“制御された”意図で設計されている。これは……」
ゼガルは剣を再び鞘に戻し、静かに言った。
「見事な“スピード特化”。だがそれ以上に、“振る側の制御”まで想定された造形だ。……お前、自分の使い方まで鍛冶に込めているな」
フェンの目が、かすかに潤んだ。
次はライラの外套。
「布地に“刻印術”を使うとは、無謀に見える。が――これは、違うな」
ゼガルは掌で外套を圧し、軽く拳で叩いた。
刻印から波紋のように魔力が拡散し、衝撃が吸収された。
「“衝撃を拡散し、熱を逃がす”。見事な刻印構成。しかも、日常使用にも耐える縫製……お前、どれだけ試作した?」
「……十三回目です」ライラが答える。
「すべて、自分の手で?」
「はい」
ゼガルは静かに頷き、満足げに次の品へ。
最後はグリトの補助具。
ゼガルは腕に巻き、動作を試す。
「筋力の支援……だけでなく、関節の可動補正、重力バランスの補正まである。これは……設計に理学魔導の知識が必要だぞ」
グリトは小さく頷いた。
「設計書は、参考文献も交えて全部、自分で書きました……!」
「ふむ。……私でも、真似できんかもしれんな」
その言葉に、周囲がざわめいた。
伝説の職人が、自らの限界を認めた――
査定が終わると、ゼガルは一歩前に出た。
「これら三つの武具は、すべて“基準外”だ。だが――」
その言葉に、緊張が走る。
「“鍛冶師”とは何か。型に従う者か? 否。“必要な者に必要な技術を与える者”だ」
「お前たちは、その原点に立っている」
ゼガルは俺の方を見た。
「オリン・ハルド。かつて本部工房で“火を見ろ”と叱咤し続けた職人……お前がまだ、この火を燃やしていたとはな」
俺は何も言わずに頭を下げた。
ゼガルは、満場の前で宣言した。
「再審査の結果――合格。ギルド正式認定とする」
弟子たちが、肩を揺らして泣いていた。
俺もまた、拳を握りしめていた。
帰り道。
グリトがぽつりと言った。
「……これからが、始まりだね」
「ああ。認められただけじゃ、まだ足りない」
フェンが前を向いたまま言う。
「もっとたくさんの武器を作りたい。もっと誰かを守れるような道具を」
ライラの声は、希望に満ちていた。
「なら、火を見ろ」
俺は、いつものように言った。
「火は、お前たちの心を映す鏡だ。鍛冶師として生きる限り、火と心を、絶やすな」
その言葉に、三人が一斉に頷いた。
こうして――
捨て子工房は、正式に“ギルド認定工房”となった。
だが、それは“最強ギルド”への第一歩に過ぎなかった。
まだ見ぬ武具、まだ見ぬ敵、まだ知らぬ絆。
火の旅は、これからだ。




