第6話「悪徳査定をひっくり返せ」
「査定官が来るぞ」
その一言で、工房に緊張が走った。
鍛冶ギルド本部の認定査定。
武具の品質、刻印精度、安全基準などをチェックし、ギルドへの正式登録可否を決める。
合格すれば依頼が飛躍的に増える。
だが――田舎の工房には“圧力”もかかる。
「……どうせ冷やかしよ。中央の工房に利益を回すために、辺境の工房は潰す。それがあの連中のやり方」
サーシャの口調が鋭い。
「俺のときもそうだったさ。炉の温度見ただけで“基準に達していない”と言われて、実物を見ようともしなかった」
思い出すだけで、奥歯が軋む。
「でも、今回は俺だけじゃない。弟子たちがいる」
俺はフェン、ライラ、グリトの顔を見渡した。
三人とも、怖がっている。だが、それ以上に――悔しそうだった。
「……やってやろうじゃん」フェンが言った。
「武器は、言葉より先に答えを出す」ライラが拳を握る。
「測らせてやる。ちゃんとした眼で見ろって、言ってやる」グリトも頷く。
俺は、頷いた。
「じゃあ……“最高の一本”を用意しよう」
査定当日。
昼下がり、馬車の音が聞こえた。
降り立ったのは、黒衣の男と、取り巻きの書記官たち。
中央ギルドの紋章が、胸元で嫌味なほど輝いている。
「査定官ジャルゴ・デリオン。辺境工房の品質検査に参上しました」
声は滑らかで、笑っているのに目が笑っていない。
「さて、どんな“村祭りレベル”の粗末品が見られるのか、楽しみにしておりますよ」
その一言で、フェンのこめかみがピクリと動いた。
「どうぞ。こちらが作品です」
俺は弟子たちと共に、机の上に仕上がった武具を並べる。
・斬れ味と重量のバランスが取れた狩猟剣
・薄鋼を多層構造で鍛えた軽装鎧
・精密刻印入りの補助具
どれも、弟子たちが鍛えたもの。
ジャルゴは鼻で笑った。
「見た目はそれなりですがね。では、基準に沿って査定を始めましょう」
彼は細い鉄棒を取り出し、刻印をひとつずつ擦って調べる。
「……ふむ。刻印は基準に“やや”達している。だが、施工時の深度誤差がある」
「本来、深さ0.75ミリが理想ですが、これは0.78ミリ。誤差範囲外ですねぇ」
「0.03ミリって……!」ライラが思わず声をあげるが、彼は取り合わない。
「こちらの狩猟剣も、振動伝達値が微妙に規格外。0.1ポイント、上回ってます」
「それって、性能が“良すぎる”ってことじゃないか!」フェンが食ってかかる。
「“良すぎる”のではなく、規格外です。過剰な性能は事故を招きます。あくまで“標準”を重視するのがギルドの姿勢です」
「……つまり、均された武器しか認めないってことか」
俺が低く言うと、ジャルゴは目を細めた。
「均された武器は、信用に足る。あなたのような破門職人とは違って」
その言葉に――俺の背中が、静かに熱くなった。
「なら、これで査定してもらおうか」
俺は、奥の部屋から一本の大剣を持ち出した。
刃渡り80センチ、重量は通常の剣の半分。
だが、鍛えは8層構造、斬撃の“返し”を極限まで制御できる、いわば――“弟子たちの魂の一本”。
フェンが焼き、ライラが柄を設計し、グリトが重量配分を完璧に調整した。
「これが、俺たちの“工房の証明”だ」
ジャルゴは目を細めたまま、それを手に取り――数秒、黙った。
「……刃の波紋が、美しい。材質は? 鋼銀と……霊炭? こんなもの、どこで……?」
「素材だけじゃない。魂を込めた“火”が宿っている」
俺は言う。
「この武器を、“冷えた手”で測るな」
ジャルゴは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに薄笑いを戻した。
「……まあ、面白い見物でした。査定結果は後日、文書で通知します。では」
背中を向けたその態度に、フェンが叫ぶ。
「待てよ! お前、自分で振ってないだろ! 実戦用だぞ! 測りじゃわかんねえもんがあるだろ!」
「その通りだ」
俺は振り向いたジャルゴに歩み寄る。
「“火”を見ていない者に、鍛冶の何がわかる」
数日後、ギルド本部から書簡が届いた。
『査定結果:一次不合格。ただし、再審査の猶予を一ヶ月以内に認める。現場調査員の推薦付き』
サーシャが驚いた声をあげた。
「……推薦? あのジャルゴが?」
「いや……たぶん、ジャルゴの取り巻きの誰かが、見ていたんだ。あの剣を、火を」
弟子たちは書簡を囲み、声をあげて喜んだ。
「やったぁぁぁぁ!」
「次こそは合格だね!」
「もっとすごい武器、作ってやるよ!」
俺は炉の火を見つめる。
再審査の一ヶ月――それは、“弟子たちの真価”を問われる時間だ。
「さあ、次は本番だ。火の前に立て。――俺たちは、嘘をつかない」




