第51話「火の牙、名を刻む」
展示会での準優勝。その余韻が、王都中に静かに広がっていた。
《火の牙》の名は、これまでマイナーギルドのひとつに過ぎなかった。
だが今回の出展で、一夜にして各地の鍛冶師、そして軍部、さらには王族筋の間でも話題に上がるようになった。
「おい見たか? 火の牙ってとこ、あのローデリックに食らいついてたぞ」
「弟子が子どもだって話じゃないか。何者なんだよ、あの親方……」
――火を見ろ。
その言葉が意味するものを、ようやく他の者たちも感じ始めていた。
オリンたちは展示会を終え、工房へと戻っていた。
展示品の搬出、荷ほどき、そして残された道具の片付け。
騒がしい王都から少し離れたその場所は、今も変わらず、赤い火が静かに灯っている。
「ただいま戻りましたー!」
グリトが声を張り上げ、サーシャがそれを追いかけるようにして戸を開けた。
「ただいま、親方っ!」
「……おかえり」
オリンは手を止め、弟子たちを順に見渡した。
フェンの顔に、ようやく誇りが浮かんでいた。
ライラの肩にはほんの少しだけ力が入っていて、それでもどこか自信がにじんでいた。
グリトは手を擦りながら、展示の双剣について熱弁をふるっている。
サーシャは……泣いたせいか、目が少し赤かった。
「ようやったな。お前たちの“火”は、確かに届いた」
オリンの言葉に、誰もが息を呑んだ。
「でも……悔しかったです」
ぽつりとライラが呟いた。
「ローデリックに勝てなかった。あたし、もっと……もっと盾を良くできたはずなんです」
「うん……僕も、調整をあと一手間加えれば共鳴の精度が上がったかもって……」
グリトが続く。
サーシャもまた、言葉を探すように口を開いた。
「私たち、負けたけど、でも。親方が……あの会場で胸を張ってくれたのが、すごく嬉しくて。でも悔しいのも、やっぱり本当で……」
その言葉に、オリンは静かに頷いた。
「悔しさを抱け。鍛冶師にとって、最高の火種になる」
弟子たちはその言葉を、胸に刻むように深く頷いた。
その夜。
工房の片隅に、一通の手紙が届いた。
封蝋には、王都貴族会議の紋章――十指の鷹。
差出人は、第三王子セリオン・ヴァルトリエ。
オリンは無言で封を切り、内容を読み始めた。
やがて、眉がひとつ動いた。
「……“軍事鍛造部門の技術顧問として、試用登用の申し出”?」
弟子たちがざわめく。
「親方、これって……すごい話なんじゃ……」
「王家からの、正式な依頼ってことか……?」
だが、オリンの目はすぐに冷めた色を取り戻していた。
「これは……火を見ていない連中の話だ」
「え……?」
「俺たちの“火”は、家族のため、仲間のためにある。
兵器のためでも、権力のためでもない」
静かに、だが確かに、オリンは手紙を炎に投げ入れた。
ぱち、という音と共に、王家からの文書は黒く焦げ、灰となって舞い上がった。
その姿を見て、誰もが息をのんだ。
フェンが、戸惑いながら問う。
「……断っちゃって、いいのかよ? 親方。もっと有名になれるチャンスだったんじゃ……」
「いらん」
即答だった。
「……“火の牙”は、“火の牙”のままでいい」
その言葉は、誰の心にも届いていた。
肩書きも、名誉も、賞賛も――
いらない。
ただ、確かな信念と、仲間の絆と、技術に裏打ちされた火を持っていれば、それでいい。
誰よりもまっすぐで、誰よりも頑固な――火の男の言葉だった。
そしてその翌朝、工房の前に一人の少女が現れた。
「……こ、こんにちはっ! あの……!」
エプロン姿で、髪は煤で黒く染まり、目だけが真っ直ぐな子だった。
「鍛冶を……教えてくださいっ!」
サーシャが、驚いたように目を丸くする。
「えっ……もしかして、展示会を見て……?」
「はいっ! あの斧と盾と双剣、全部……すごくかっこよくて……!」
少女の目は、真剣だった。飾らない、憧れと決意の火。
オリンは、その目を見てから静かに炉の火を見た。
「……名は?」
「リィナ・クローネといいます!」
「なら、入るがいい。火の前では、嘘はつくなよ」
少女は深く頷いた。
こうして、《火の牙ギルド》に新たな弟子が加わった。
火は、またひとつ強くなる。
名声より、信念を選ぶ者たちの物語は――まだ続いていく。




