第50話「牙の展示、始動」
展示会――王都最大規模の鍛冶師による公的審査会。その舞台に、《火の牙ギルド》の名が招かれた。
あれから一週間、工房の内部は張り詰めた空気に満ちていた。
いつもは笑い声も響くはずの作業場に、今は誰の口からも余計な言葉が出ない。
「フェン、その斧の重心、あと五ミリ前。軸が前傾してる」
「了解……直す」
「ライラ、その盾、左側のエングレービングが浮いてる。火入れが浅い」
「うん、もう一度焼き直す」
「グリト、補助魔道具の制御刻印、位置を少し下げろ。共鳴の干渉が出る」
「試しにロジウムの薄板で再試作してみる」
静かだが、確かな熱気がある。
誰もが一分一秒を惜しみ、自分の最高の仕事をこの展示品に注いでいた。
サーシャは工房の奥で、ひときわ集中した目をしていた。
展示用の武器には“刻印”の技術が不可欠だった。彼女が手掛けるのは、見た目の華やかさではない。
“鍛冶”の延長としての、意味のある刻印。
たとえば、重さを調整する。たとえば、使い手の魔力量に反応して能力が増幅する。
ただ美しいだけではなく、使って初めて“意味”が立ち上がるような刻印だ。
彼女は心の中で、あの言葉を繰り返していた。
――「火を見ろ」
それは、ただ火を見つめろという意味ではなかった。
自分の“芯”を、揺らさずに向き合うこと。
それこそが、《火の牙》にとっての鍛冶だった。
その日の夜。
オリンは誰もいない工房の炉に、ひとり立っていた。
赤々と燃える火が、ゆらゆらと揺れながら、彼の目の奥を照らしていた。
「……展示会、か」
火の中に、かつての仲間たちの顔が浮かぶ。
裏切った者、去っていった者、手を取り合えなかった者。
王都の“光”の側に立つ者たち。
だが、もうそれに振り回されるつもりはなかった。
「俺は……この子たちのために、叩く」
そのとき、静かに足音がした。振り返ると、サーシャが立っていた。
「親方。明日、作品を搬入します。最終調整、お願いします」
「……ああ。見せてもらおうか、俺の弟子たちの“火”を」
翌日、王都・虹の間。
展示会場はすでに、多くの貴族や軍関係者、そして鍛冶ギルドの関係者でごった返していた。
ずらりと並ぶ名門工房のブースには、これでもかとばかりに飾られた宝剣や甲冑、宝飾品が並んでいた。
《火の牙》のブースは、その中でもひときわ地味だった。
だが、そこに並べられたのは、シンプルでありながら異様な存在感を放つ三つの武具だった。
一つは、フェンが鍛えた斧剣。
重心と刃渡りのバランスが完璧で、実戦用ながらも美しい刃紋が浮かび上がっている。
一つは、ライラの盾。
火と土の魔石を埋め込んだ防御特化の意匠で、実際に魔法を受けても弾き返すというデモンストレーションがついていた。
一つは、グリトとサーシャが協力して作り上げた補助具付きの双剣。
鍛造技術と魔道具技術、そして精密な刻印によって実現した、自動補正装置付きの切断武器だった。
それぞれの前に立った審査員たちは、一様に目を細める。
「なるほど……これは、確かに“理に適っている”」
「無駄な装飾がない。だが、魅せるところはしっかり魅せてくる」
「技術に慢心がない。恐ろしいほど、手堅い」
そんな中、ひとりの老審査員が、オリンに声をかけた。
「これは君がすべて指導したのか?」
「そうだ。だが、作品は弟子たちのものだ。俺は“火の整え方”を教えただけだ」
「……ならば、君はいい鍛冶師であり、いい親方だ」
老審査員は、満足そうに頷いた。
そして、審査の発表。
――《火の牙ギルド》、総合評価、第二位。
会場がざわめく。
第一位は、名門《ローデリック鍛造会》。だが、審査員の何人かが、こう呟いていた。
「技術の高さでは火の牙が勝っていたかもしれんな。だが、経験とブランドの差か」
「いや、時間の問題だ。あのギルドは、近いうちに頂点を奪うだろう」
そして、表彰の壇上に立ったオリンと弟子たち。
フェンも、ライラも、グリトも、緊張でガチガチだったが――
「やったぁ……っ!」
壇上に上がった瞬間、思わず声が漏れたのはサーシャだった。
感極まったその目には、涙が浮かんでいた。
「ここまで来れたんだ……本当に……!」
オリンは、黙ってその背中に手を置いた。
「よくやった。まだまだ先はあるが、今日だけは胸を張れ」
彼らの“火”は、王都の光の中で、確かに吠えた。




