第5話「弟子の初舞台」
炉の火は、再び力強く息を吹き返していた。
霊炭の赤は深く、炉の奥で脈打つように明滅する。
工房の空気が変わった――そんな実感が、肌を通して伝わってくる。
「……やっぱり、火が元気だと気持ちも違うね」
ライラが盾の布磨きを止めて、炉に視線を向けた。
その横でフェンが、既に鋼材の切断に取りかかっている。
「今日は、初仕事ってことだな」
俺は静かに言った。
サーシャが作業台の奥から注文票を数枚取り出して、読み上げた。
「護身短剣が2本、狩猟用の投槍が1本、あと軽鎧の補強ね。依頼人は村の警邏隊。急ぎの仕事だって」
「おおっ! 本番か……!」
グリトが嬉しそうに手を擦る。工具箱の蓋をパカンと開け、使い慣れたペンチを握った。
「まずは――フェン、短剣の刃を任せる」
「っしゃあ!」
フェンの目に炎が映る。
「じゃあ、ライラは補強鎧。グリトは槍の柄加工とバランス取りだ」
「了解!」
「がんばる!」
「ぜったい、いいの作る!」
――こうして、三人の“弟子仕事”が始まった。
フェンの手は速かった。
だが、速いぶんだけ粗い。
鋼を叩く角度が微妙にズレている。反動が手に戻り、焦りを生む。
「フェン。手元、もう半寸右。あと……深く息を吸え」
「す、すみません……」
「火を見ると落ち着く。叩く前に、一瞬だけ炉の色を見ろ」
フェンは炉に目をやった。
赤と橙と黄が重なる、安定した三層の色。
「……見た」
「よし。叩け」
――カン。
ひと打ちで、音が変わった。
ライラは革鎧の継ぎ目を確認しながら、小声でぶつぶつと呟いていた。
「ここは……もっと滑り止めが必要。でも補強は重くしたくない……」
「布地の内側に〈軽圧〉刻印を入れてみろ。重さは抑えられる」
「え、それって、代償は?」
「高温に弱くなる。けど、鎧に火を入れる予定はないだろ?」
「……うん、やってみる!」
真剣な横顔に、初めて小さな笑みがこぼれた。
グリトは槍の柄を撫でながら、長さと重さを調整していた。
「うーん、先端が重いと狙いがぶれるんだよな……でも軽すぎると風に負けるし……」
「中心を一握り下げて、支点をずらせ。柄の下に重しを仕込むと安定する」
「なるほど!」
目が輝いた。
グリトは木材をくり抜き、芯に錘を仕込む。
仕上げに〈均衡〉刻印を入れ、柄の中央に薄く油を塗ると、滑らかな光沢が走った。
夕方、完成品を机に並べた。
短剣二本、鋭く、軽く、黒光りしている。
投槍はバランスがよく、手首のスナップで飛びそうだ。
鎧は布地に馴染む補強で、軽くて丈夫そうだった。
三人が並んで立ち、俺の顔を見上げてくる。
「……全部、お前たちが作ったものだ」
「えっ? でも、オリンが手を入れてくれた部分も……」フェンが言いかけたが、
「最初の一打から最後の刻印まで、自分でやったろ。それが答えだ」
ライラの目が丸くなり、グリトがぽかんと口を開けた。
「納品に行く。同行するか?」
「もちろん行く!」
「みんなの顔、見てみたい……」
「……ドキドキするけど、楽しみ!」
村の警邏隊詰所で、依頼人たちが仕上がり品を確かめる。
「こりゃ……すげえな。投槍、まるで羽が生えたみたいに軽いぞ!」
「鎧も、重くないのにしっかりしてる。刻印の入り方も絶妙だ……」
「これ、あんたの仕事か?」と問われ、フェンたちは思わず一歩下がった。
俺は答えた。
「俺の弟子たちの作だ」
その瞬間、三人の顔に火が灯ったようだった。
「すごいな……もう“弟子”ってレベル超えてるぞ」
「村の祭礼用の装備も、頼めるかな?」
「もちろん、支払いはちゃんとする!」
注文票が次々と差し出される。
工房の名は、まだ看板にすら書いていないのに――“弟子たちの初仕事”は、見事に受け入れられたのだった。
帰り道。夕焼けが工房の屋根を照らしている。
三人は無言だった。
けれど、それは満たされた静けさだった。
「……最初の一打、緊張して失敗しそうだった」フェンがつぶやく。
「でも、火が見ててくれる気がした」
「私、鎧を作るのって、守るってことなんだって、今日わかった」
「道具って、人をつなげるんだなぁ……」グリトがぽつりと言う。
俺は何も言わなかった。
ただ、三人の小さな背中を見ていた。
少しだけ、背が伸びたように見えたのは、気のせいじゃない。
サーシャがいつの間にか隣に立ち、笑った。
「悪くない弟子たちね」
「ああ。こいつらは……“火の前で嘘をつかない”」
「まっすぐな目をしてる。ちゃんと見てたらわかる」
炉の火が、静かに揺れていた。
今日もまた――この工房で、何かが鍛えられた。




