第48話「第三検査炉、牙を打つ」
検査炉の周囲は張り詰めた空気に包まれていた。
石造りの鍛錬場に設置された“第三検査炉”は、王都でも最も古い炉の一つ。温度のばらつきが激しく、火勢の調整が難しいことで知られている。
だがオリンの視線は揺るがない。
その後ろに立つ弟子たちも、緊張を押し殺しながら見守っていた。
「与えられた素材はすでに炉内に置かれている。制限時間は六時間。課題は“多用途用戦斧”。加工精度、強度、バランス、美観、すべてが評価対象だ」
審査官ミランダの声音は冷静で、だが一分の妥協も許さない鋭さがあった。
「試験開始」
その言葉と同時に、オリンは炉へと歩を進めた。
赤々と燃える火口に身を屈める。
――温度の揺らぎ。
――風の流れ。
――鉱石の硬度。
彼は一瞬で炉の癖を見抜き、必要な温度帯を逆算した。
「グリト、風調整。右側から少し強めに送風。左は抑えろ」
「了解!」
「フェン、補助材料を並べておけ。火に近すぎると炭化する。四歩下がった位置だ」
「任された」
「ライラ、冷却槽の水を替えておけ。王都の水は鉄分が多い。純水に近いほうが鍛接時に邪魔にならない」
「わかったわ」
オリンの指示は的確だった。
弟子たちはまるで舞台の上で踊るように動き、次々と準備を整えていく。
ミランダの眉が僅かに動いた。
――弟子たちを“戦力”として使っている?
それは王都でもあまり見られないスタイルだった。
鍛冶とは職人の孤独な戦い、そう信じていた彼女の常識が、少しだけ揺らいだ。
炉の中で赤熱した鉄が、ハンマーの一撃で火花を散らす。
オリンの腕が振り下ろされるたび、周囲の空気がぴりついた。
ひと槌、またひと槌。
ただ叩くだけではない。
金属が語りかけてくる“声”を聞き分けながら、オリンは鋼と対話していた。
「……来たか、転位層」
彼はわずかに頷き、槌を止める。
そのわずかな沈黙のあと、急速に冷却槽へと斧身を移した。
「ジャッ……!」
水が爆ぜ、蒸気が立ちのぼる。
「グリト、風量を絞れ。熱変位の最終調整に入る」
「応!」
オリンはすぐさま次の行程――柄の加工に移る。
斧の重量に負けず、振りやすく、かつ耐久性を高めるために、彼はオリジナルの“緩衝溝”を加えた。
フェンがこっそり呟く。
「親方、手の内を見せすぎじゃないか?」
「いいんだよ。牙の火は隠すもんじゃない」
ライラの声は、自信に満ちていた。
「見せつけることで、認めさせる。王都に、そしてこの工芸院に」
刻限から五時間五十分。
最後の研磨作業を終えたオリンは、完成した戦斧をそっと台座に置いた。
柄と刃の接合は美しく、重量配分は完璧。
表面には《火の牙》の焼き印が、さりげなく刻まれている。
静寂。
ミランダは黙って戦斧を手に取り、構え、そして斬り下ろした。
「……」
重すぎず、軽すぎず、刃は空気を切り裂くように真っ直ぐ振り下ろされた。
その刃先は試験用の薪を両断し、床に落ちる前にミランダの手で受け止められる。
「……文句のつけようがない出来栄えね」
それは、彼女からの最大限の賞賛だった。
「審査終了。《火の牙》、仮登録を解除。正式な工芸ギルド登録を許可します」
弟子たちが一斉に声を上げる。
「よっしゃー!」
「やったな、親方!」
「牙の火、王都に認められた!」
オリンは深く、静かに息を吐いた。
だが、ミランダはその場から去り際に一言だけ、彼に向けて言葉を残した。
「けれど――まだ“牙の名”が王都で通用するには早いわ。次は……“展示会”で結果を出しなさい。二週間後、“宮廷鍛冶展”でね」
「……望むところだ」
その瞳に宿った火は、決して消えない。
その夜。
弟子たちは乾杯の声とともに喜びを爆発させていた。
「これで俺らも“王都公認ギルド”ってやつだな!」
「フェン、飲みすぎはダメよ」
「うぃ……わかってるぅ……」
「ふふっ、サーシャさん、酔っ払いの面倒まで見てる」
「もう……男子組、ほんと手がかかるんだから」
オリンは一人、窓の外を見ていた。
王都の夜景が、少しだけ、温かく見えた。
彼の中で、確かに何かが変わっていた。
ただ火を操るだけではない。
誰かと共に火を育て、そして“牙”として闘う。
その歩みの先に、まだ見ぬ戦いが待っているとしても――
オリン・ハルドは、決して立ち止まらない。




