第42話「牙は吠える、影の声に」
王都からの依頼を成功裏に納品し、《火の牙ギルド》の名は一躍注目を浴びることとなった。
サーシャの刻印技術、フェンとライラの職人魂、グリトの補助知識――それぞれの力が一つとなり、オリンの導きのもとで成し遂げたSランク評価。
だが、火の明かりが強くなればなるほど、それに影は濃くなる。
そんな中、工房の前に一人の訪問者が現れた。
「……グレン・マイスターと申します。“灰狐商会”より、親方オリン殿に面会の申し出に参りました」
その名を聞いた瞬間、フェンの目が鋭くなった。
「灰狐商会……あの時、俺たちを見捨てた連中だ」
サーシャも、かつての苦い記憶が脳裏をよぎった。
だが、オリンは微動だにせず、ただ一言だけ答えた。
「入れ」
グレンが通された工房の中央。
燃え盛る炉の前で、オリンは腕を組んで待っていた。
「急に訪ねてくるとは。何の用だ」
「ご挨拶に参りました。我が灰狐商会としても、《火の牙》のご活躍を心より喜ばしく思っております。
ですが……あまりに急速に名が上がると、様々な“軋轢”が生じます」
「脅しか」
「まさか。ただ……“お取引のご提案”です。今後、王都との契約はすべて当商会を仲介していただきたい。条件は、非常に良いものを提示させていただきます」
そう言って差し出された契約書の束は、煌びやかな金の封蝋で閉じられていた。
グリトが一歩踏み出し、オリンに耳打ちする。
「親方、この印章、中央流通会議の“強制独占条項”入りだ。もし交わしたら、他のギルドとの取引は……」
だが、オリンは黙ってその書類を火にくべた。
「……っ!?」
燃え上がる火に、文字が灰となって散っていく。
「俺たちの炉に、嘘と独占はいらん。帰れ。次に来る時は、正面から勝負に来い」
グレンはしばし沈黙した後、静かに笑った。
「……なるほど。“牙”を剥く覚悟はできているようだ。では、私もそれに応じましょう。どうか、ご武運を」
そう言い残し、グレンは去った。
扉が閉まると、フェンが声を上げる。
「親方、あれは絶対仕掛けてくるぞ。裏で“買収された審査官”や“偽依頼”を使ってくるに決まってる」
「上等だ」
オリンの声は低く、だが揺るぎなかった。
「火は、正直な鍛冶師の味方をする。
どれだけ汚れた手で仕掛けてこようと、火の前では嘘は通らん」
サーシャも、ライラも、グリトも、それぞれ頷いた。
(なら、私たちがやるべきことは……)
(いつも通り、まっすぐに、最高の一振りを仕上げるだけだ)
(この工房で鍛えた信頼を、武器に変える)
その夜、工房では一枚の新しい看板が掲げられた。
「《火の牙ギルド》:王都鍛冶評議会 Sランク認定・対灰狐商会非加盟証明登録」
それは、火に誓った牙の象徴だった。




