第37話「最初の依頼、そして一歩目」
「ギルドとしての、最初の依頼が届きました!」
サーシャが手にした羊皮紙を掲げるようにして言った。
朝焼けの差し込む《ハルド鍛冶ギルド》の工房には、弟子たち全員が集まっていた。
「依頼って……まさか、いきなり大仕事とかじゃないだろうな?」
フェンが警戒するように目を細めると、サーシャは首を横に振った。
「いえ、小規模な冒険者パーティからの依頼です。
“片手剣の修理と、軽量化改造”とのこと。剣はもう届いています」
木箱に収められたそれを開けると、確かに片手剣――使い込まれた長剣が、やや鈍い光を放っていた。刃こぼれ、柄のぐらつき、そして重心バランスの悪さ。いかにも現場で使われたままの、職人泣かせの一振りだ。
「うわ、これは……かなり使い込まれてるな」
ライラが眉をひそめる。
「これってさ、もしかして“市販の既製品”じゃない? あんまりいい素材、使ってない感じ」
「その通りだ」
いつの間にか背後に立っていたオリンが、短く言った。
「量産型だな。おそらく王都の商会製。悪くはないが、冒険者には重すぎる」
彼は箱の中から剣を持ち上げ、炉の光にかざした。
「……だが、悪い剣ではない。“使い手の思い”が染み込んでいる。そういう武器は、無下に扱うべきじゃない」
その言葉に、弟子たちは一様に背筋を正した。
「サーシャ」
「はい」
「今回の加工、任せる。設計から研磨まで、お前が指揮を執れ」
「……!」
サーシャの目が驚きに見開かれた。
「い、いいんですか? わたしが……!」
「火は、見てきたはずだ。お前ならできる。……できなければ、俺が仕上げる」
その最後の一言に、サーシャは小さく笑ってうなずいた。
「はい。やってみます!」
◆
工房は活気に満ちていた。
フェンとライラが素材の選定に走り、グリトは設計図を描き、ロルフが炉の温度を調整する。
――サーシャが中心となって動く、初めての共同作業。
「フェンくん、芯材の交換には“黒鋼の棒”がいいと思うの。衝撃吸収とバランスの兼ね合いで」
「なるほどな。じゃあ、外装は軽めにいくべきだ。マイカ合金でどうだ?」
「ライラちゃん、柄の部分に滑り止め加工できる?」
「うん、革巻きでいこう。あと、ガード部分は少し広げたほうが使いやすいかも」
「グリト、剣の重心バランス、3Dにして表示できる?」
「ちょっと待ってね、今やってる! データはもう取ってある!」
炉の熱気と、若き声が交差する工房。
その中心に立つサーシャの表情は、真剣そのものだった。
やがて、すべての準備が整った。
「温度、偏温制御OK。サーシャさん、いつでもいけます!」
ロルフの声にうなずき、サーシャは鍛錬台の前に立つ。
「……お願いします。火の神さま、どうか……この剣が、持ち主を守ってくれますように」
打音が響く。
シュッと研磨布が走る。
熱された剣が水に浸され、じゅうっという音を立てた。
――オリンは、ただ静かに見守っていた。
彼のまなざしには、師としての誇りと、ほんのわずかな緊張が宿っていた。
そして――
「……できました」
サーシャが差し出したそれは、もはや別物だった。
バランスが整い、切っ先が軽やかに揺れる美しい剣。
何より、“意思”が宿っている。
「試し斬り、俺がやろう」
オリンが立ち上がり、模造の木材に向かって剣を振る。
「――良い」
一言、それだけを告げて、サーシャに剣を返した。
「芯まで通っている。刃に迷いがない。……よく打ったな」
「し、師匠……!」
思わず目を潤ませたサーシャを、仲間たちが称賛の笑顔で囲んだ。
◆
その日の午後。
依頼主の冒険者パーティが工房を訪れ、剣を手に取った瞬間、リーダーらしき男は驚いた顔でうなった。
「これ……ほんとに、あのボロ剣か?」
「ええ。重心を見直して、全体のバランスも改良してあります。細身ですが、威力は落ちていません」
サーシャの丁寧な説明に、冒険者は頷いた。
「こいつぁ……戦場で命を拾わせてもらえるな。感謝するよ、鍛冶師さん」
「……いえ。火が導いてくれただけです」
そう返したサーシャの横顔を見て、オリンは小さくうなずいた。
弟子たちが、一歩ずつ“鍛冶師”になっていく――
その姿こそが、ギルドという“器”を本物にしていくのだ。
◆
夜。
オリンは工房の片隅で、静かに火を見つめていた。
「……お前たちは、まだまだこれからだ。だが、今日の火は悪くなかった」
炉の揺らめきが、彼の言葉に応えるようにぱちりと跳ねた。
この工房が、
このギルドが、
この“家族”が――
世界を鍛え直す火となるその日まで、彼は炉の火を絶やさない。




