第36話「ギルドという器」
辺境の山間に佇む《ハルド工房》は、再び平穏な日々を取り戻していた。
だがその平穏は、決して以前と同じものではない。
――鍛冶競演祭を終え、弟子たちはそれぞれに課題と覚悟を胸に刻んでいた。
そしてオリンもまた、これから先の道を見据えていた。
それは、「ギルド」という名の器を形にするという新たな挑戦だ。
◆
朝、炉に火をくべる音が静かに響く。
フェンが薪を割り、グリトが道具の整備をし、ライラが防具棚の整理をする。
サーシャは研磨用の石を整えていた。
「師匠、これ……設計図なんですけど」
グリトが差し出した紙には、工房の全体図が描かれていた。
「この際、建物も少し拡張しませんか? ギルドとしてやっていくなら、武具保管庫や依頼掲示板、それに宿泊用の部屋も必要かと」
「ふむ」
オリンは図面に目を通しながらうなずく。
「誰が描いた?」
「俺とサーシャで。フェンの意見も入ってます」
「ライラは?」
「……後で文句を言われそうだったから、最初から入れてます」
「正解だ」
オリンは静かに笑い、図面を炉のそばのテーブルに広げた。
「よし、着手しよう」
その一言で、弟子たちの目が輝いた。
「やったー! 増築だ!」
「新しい棚を作るの、楽しみだな」
「……バリケード強化の罠もつけていい?」
「それは却下だ」
ライラの案に全員が苦笑する。
それでも、笑いの絶えない朝だった。
◆
工房の奥、かつての倉庫だった部屋では、オリンが一人の来訪者を迎えていた。
「お久しぶりですね、オリン殿」
男は歳の割に若々しく、品のある身なりをしていた。
――《交易組合連盟》の書記官、レヴィン・バースト。
鍛冶競演祭の運営にも関わっていた人物であり、ギルド設立の際には避けて通れない相手だ。
「お前が来るということは……通達が?」
「ええ。王都の許可が正式に下りました。《ハルド工房》は本日付で《辺境鍛冶ギルド・ハルド》として認可されます」
その言葉に、オリンは短くうなずいた。
「……早かったな」
「貴殿の評判と、競演祭での活躍の結果です。弟子たちもずいぶん名が知れていますよ」
「名よりも、腕で語らせたいがな」
「それもまた貴殿らしい」
レヴィンは笑いながら、机に書類を並べた。
「さて、正式な認可に際しては、いくつか条件がございます。
まず一つ目――ギルド長としての登録。これはオリン殿、ご自身ですね?」
「問題ない」
「二つ目、所属構成員の名簿提出。現在の弟子たちに加えて、新たな登録希望者があるとか?」
「ああ。数日前に村の若い鍛冶見習いが一人、門を叩いた」
「年齢は?」
「十三。名はロルフ。まだ何も打てんが、目の光はよかった」
「期待の新人というわけですね」
「育てるさ。火に向き合う覚悟があるなら」
◆
日暮れどき。
増築されたばかりの部屋に、弟子たちが集められた。
壁には新たに作られた掲示板。
中央には大きな炉。そして、入り口には「辺境鍛冶ギルド・ハルド」の木彫りの看板。
「ギルドになったんだ……本当に」
ライラが、まだ信じられないというように言った。
「ギルドってさ、もっと大人数で、もっと賑やかで、もっと……あれこれ面倒くさいイメージだったけど」
「うちのギルドは、火と鉄があればいい」
オリンは静かに告げた。
「依頼はくる。試練もくる。だが、すべては火を通して鍛えればいい」
「……はい!」
弟子たちは、そろってうなずいた。
そのとき、工房の扉が軽く叩かれた。
現れたのは、見慣れぬ少年――ロルフだった。
「お、お邪魔します……! レヴィンさんに言われて来ました……ここで鍛冶を学べるって……!」
少年の手には、傷だらけの木剣。
オリンはそれを見て、軽く目を細めた。
「火は、見たか?」
「え?」
「火を見て、何を思った?」
ロルフは少し黙ってから、まっすぐ言った。
「――怖かった。でも、きれいだとも思いました!」
その答えに、オリンはうなずく。
「なら、まず炉の掃除からだ。……火の守り方を、覚えていけ」
少年の顔がぱっと明るくなった。
こうして、《ハルドギルド》は新たな“器”を迎え入れた。
そしてその火は、また一歩、未来へと伸びていく。




