第31話「揺れる火床、動き出す野心」
夜更けの王都には、昼間とは別の顔がある。
華やかな表通りの裏側に、細く曲がりくねった路地。
その奥で、ひとつの火が灯された。
「ようやく、流れが見えてきたな」
仮面をつけた男が呟いた。
それは、灰狐商会の残党――
そして今は、ある貴族家に雇われた密偵・ゼクト。
彼の前には、一枚の羊皮紙。
そこには《工房ハルド》の弟子たちの行動記録が、細かく記されていた。
「火守の弟子にしては、まだ青いな。だが……甘さは狙い目だ」
ゼクトの口元が歪む。
王都鍛冶会の再編は、表では歓迎されていた。
だが、裏では――多くの既得権者が牙を剥いていた。
一方、《工房ハルド》では――
「うう……刃がまた折れた……!」
ライラの悔しそうな叫びが、鍛造場に響いた。
「焦るな。鉄は正直だ。力任せじゃ、心は打てない」
オリンの声は静かだが、芯がある。
「わかってる、わかってるけど……。あたし、壁役なのに、刃物すら打てないの、悔しくてさ」
炉の前にしゃがみ込んだライラに、そっとタオルを差し出したのはグリトだった。
「君の防具、ぼくはすごく信頼してるよ。ほら、この前の訓練でも……」
「……ありがとう。でも、いつか一人でもちゃんと“守れる”ようになりたいんだ」
その言葉に、オリンはしばし沈黙し――ふっと微笑んだ。
「なら、次は“心の壁”を打て」
「え……?」
「外を防ぐだけが壁じゃない。仲間を支える背中にも、鋼がいる。まずはそこからだ」
ライラの目が、ほんの少し潤んだ。
工房の一角では、フェンが鋼線の調整に没頭していた。
「――これで“連撃式斬刃”の再現ができるはずだ」
彼が打っていたのは、試作型の新武器。
機構にこだわるあまり、三度目の改造中だ。
「フェン、また焼き直し?」
サーシャが驚いた顔で声をかけた。
「うん。でも今回は“温度調整”を工夫してみた。オリンさんの“偏温制御”には及ばないけど、再現は……」
「十分できてるよ。あなたの改造は、すごく理にかなってる」
「……ありがとう」
フェンの頬が少し赤くなる。だがその瞬間――
《カシャン……ッ》
扉の向こうで、微かな音がした。
「誰か来た……?」
扉を開けた瞬間、鋭い視線が三つ、工房に突き刺さった。
「……ここの鍛冶師どもが、あの《火守》か」
現れたのは、王都武器商会の傭兵たちだった。
胸元には、貴族連合に属する「黒蛇家」の紋章。
「“新制度”に反対する者たち、だな」
サーシャが即座に身構える。
「脅しなら、帰れ。ここは火の中。冷えた蛇には、熱すぎる」
フェンが言い放つ。
だが傭兵のリーダー格の男は、ニヤリと笑った。
「脅しじゃない。――正式な“依頼”だ」
「……依頼?」
「ある鍛冶の試合を、貴族主催で開く。もちろん《工房ハルド》には、目玉として出てもらう」
「断ったら?」
「なら、王都の支援も、資材も……全部、消えることになる」
グリトが小声でつぶやいた。
「……これは、囲い込みだ」
オリンは黙ってそれを見ていたが――
「出よう。だが、条件がある」
「条件?」
「試合は“公開”でやれ。民も、若き鍛冶師も全員見られるように。そして……」
オリンの目が、焔のように燃える。
「“火が真実を決める”こと。そこに嘘を持ち込むな」
沈黙のあと、傭兵は肩をすくめて言った。
「伝えておくよ。――火守」
その夜、工房に集まった弟子たち。
「……あたし、また試されるのかな」
「でも、チャンスだよ。ちゃんとした舞台で、あたしたちの鍛冶が見せられる!」
「でも、敵は王都の古株ばかりだ。仕掛けもあるはず」
その中で、オリンは一言だけ呟いた。
「……火を見ろ」
弟子たちは、顔を見合わせてうなずいた。
「よし、“勝つぞ”!」
「“鍛えてやるよ”、この世の腐った仕組みごと!」
火が揺れた。
それは不安でも恐怖でもない――希望という名の火種だった。




