第3話「仕入れ戦争」
鉱石の棚が、がらんとしている。
「これだけ、か」
ぽつりとつぶやくと、工房の空気が少し冷えた気がした。
霊炭の予備は底を突きかけ、鋼材も残り数本。
刻印用の粉もわずかだ。次の仕事を受ければ、材料不足は避けられない。
「買い出し行くんでしょ?」
グリトが油差しを抱えたまま訊いてきた。
「仕入れ元が塞がれてる。いつものルートは使えない」
「えっ、でも昨日の女の人たち、手伝うって――」
「手は貸してくれるが、霊炭の鉱脈そのものが封鎖されてる」
「誰に?」ライラが盾をぎゅっと抱きしめる。
「灰狐商会だ」
その名を聞いて、フェンの目つきが変わった。
「また、あいつらか」
頷いた。
あの商会は、鉱山と物流を牛耳っている。
特に、この辺境では材料流通の八割を握っているらしい。
王都の宮廷工房と結びついているという噂もある。
「俺たちが霊炭を買った鉱脈。あそこを、あいつらが丸ごと買い占めた」
「そんなの、ズルじゃん」グリトがむくれる。
「ズルをするために力を使ってる連中だ」
「……なんか、ムカつくな」フェンが槌を手に取って睨んだ。
火がくゆる。
俺はしばらく黙って考えた。
「ひとつ、心当たりがある」
「どこ?」ライラが身を乗り出す。
「北の鉱脈地帯。古い鉱山が点在してる。霊炭も鋼材も採れたはずだ」
「でも……遠いんじゃないの?」グリトが首をかしげる。
「徒歩で二日はかかる。けど、もし今動かなければ、工房は干上がる」
「行こう、俺も行く」フェンが即答した。
「私も」ライラが続く。
「道具いっぱい見られるなら、僕も!」グリトは目を輝かせる。
火の前で見つめ合う三人。
……この子たちの目は嘘をつかない。
「わかった。じゃあ――荷造りだ」
* * *
北の鉱脈地帯は、廃墟のようだった。
風に乗って鉄と灰の匂いが漂う。
かつて栄えた鉱山町も、いまは人影もなく、入り口には木の柵が打たれている。
「これが……鉱山?」
フェンが目を丸くする。
「古いな。けど、手は入ってる」俺は足元を見た。
地面に残った車輪の跡。金属の削り屑。
誰かが最近まで使っていた痕跡がある。
「噂じゃ、ここ……“炉精”が暴れてるって」
ライラが少しだけ声をひそめた。
「なんだそれ?」フェンが眉をしかめる。
「精霊の一種。昔の鉱炉に宿って、荒れると火が暴走する」
「幽霊じゃん!」グリトが背中に道具箱を回して隠れる。
「怖いなら下がってろ」
「こ、怖くないもん……ちょっとだけ、びっくりしただけ……」
工房の脇にある旧炉の遺構。
その前に立つと、空気が変わった。
「……火の匂い」
フェンがつぶやく。
炉に近づいた瞬間、周囲の空気が熱を帯びる。
まるで、何者かが息をしているかのようだった。
「近いな。――構えるぞ」
霊炭をくべ、偏温制御を発動する。
熱の波が俺の周囲にゆっくりと広がる。
黄から橙、赤。温度帯を切り替えて炉に呼びかける。
《……誰が、火を焚いた》
音もない声が頭に届いた気がした。
「火の前で、嘘はつかない。それが俺の工房だ」
《鍛冶師か……ならば、問う。お前の“火”は何を鍛える?》
「居場所を失くした子どもたちの“これから”を鍛える」
《ならば、その炉に火を点けよ。私が試す》
――試練、か。
「フェン、斧じゃない。槍の鋼を選べ」
「了解!」
「ライラ、盾の芯材。軽くて、熱を通しすぎないものだ」
「うん!」
「グリト、古い炉の構造を見て、風の通り道を探せ」
「行ってくる!」
火が唸る。
霊炭が弾ける。
偏温制御で熱を“炉精”の心臓部に通す。
暴れていた火は、徐々におさまり、静けさの中で一筋の蒸気を吐いた。
《……良い火だ》
炉の奥に、漆黒の霊炭が三つ、残されていた。
それはまるで、試練を越えた者への贈り物のようだった。
「これが……霊炭……」ライラが声を震わせた。
「質がいい」グリトが撫でてうなる。「こっちの工具、持って帰っていい?」
「許可する」俺は淡々と言った。
フェンが笑った。
「これで、あの商会の連中、ぎゃふんだな!」
「言い方が古い」
「うるさいな!」
でも、悪くない。
* * *
帰路の途中。
霊炭と鋼を馬車に積み込み、フェンが槌を打ち直していた。
「火って、なんか不思議だな」
「火はな、人を試す。騙すやつには厳しい」
「俺……前は、人の顔ばっか見てた。嘘つく大人ばっかでさ」
「俺もだ」
「でも、ここの火は……ちゃんと見てくれる気がする」
「ライラ、寝ちゃった」
グリトが静かに言った。盾を抱いたまま丸くなっている。
「昨日、ずっと起きてたもんね」
静かな風が吹く。
「……家族って、こういうのかな」フェンがぽつりと言った。
火が優しく揺れる。
「違ってても、構わんよ」
「うん。……でも、俺、ここにいていいって、もっと思えた気がする」
俺はその言葉に、何も言えなかった。
ただ、馬車の前で、火の匂いを感じながら。
この工房の“芯”が、少しずつ鍛えられていくのを、確かに感じていた。




