第28話「灰焔工房、黒き鉄床の誓い」
王都の最深部、貴族街の奥――。
灰狐商会が総力を挙げて育成・支配する精鋭工房《灰焔》は、まさに黒き鉄床の名にふさわしく、威圧的な外観でオリンたちを迎えた。
黒鉄で縁取られた巨大な門、炉口のような意匠の建物、門番すらも鍛冶槌を腰に下げている。
「これが……灰焔工房……」
ライラがゴクリと唾を飲んだ。
「圧がすごいな……建物からして、火に支配されてるって感じだ」
フェンが口を尖らせると、隣でサーシャが頷いた。
「ええ。ここは“技術力”ではなく“武力と実績”で認められてきた。だからこそ、灰狐商会にとっては象徴的存在なのよ」
「つまり、最後の舞台としては申し分ないってことか」
グリトが静かに言った。左腕にはまだ包帯が残っているが、眼差しは凛としている。
オリンは門の前で立ち止まり、静かに言った。
「ここが、最後の火床になるかもしれん」
そして一歩、足を踏み入れた。
◆
競技の説明は、かつてないほど簡潔だった。
「技術と芸術性、そして“買いたいと思わせるか”」
それが最終競技の審査基準だった。
「つまり、見栄えと話題性、ってことかよ」
フェンが眉をひそめる。
「いかにも灰狐商会らしい。商売として“売れる武具”を競わせるつもりだ」
サーシャが肩をすくめた。
「それって……私たち、今まで“良いモノを作る”ことだけ考えてたのに……」
ライラが拳を握る。
「でも、私たちが作ってきた武具って、売れるかどうかより“持つ人が戦えるか”を大事にしてたよね?」
「それでいい。俺たちはそれで勝つ」
オリンの声は揺るがなかった。
「他所の価値基準で揺れても、刃は曇る。火を見ろ。お前たちの信じる刃を打て」
全員が、力強く頷いた。
◆
三日後、審査会場には――観客がいた。
各国の商会代表、武器商人、王国軍関係者まで。
これは“実質的な展示会”だった。
灰焔工房の展示台では、巨大な両手剣に炎が刻まれていた。
「《爆裂鋼刃・バル=クレスト》。揺れるたびに爆撃する刻印付き。対魔獣戦闘用の高威力武装です」
審査官たちが頷き、観客からどよめきが上がる。
その横、オリンたちの作品は――控えめな外観の、一対の双短剣と盾。
だが、その隣には、分解された構造パネルと素材表が細かく展示されていた。
サーシャが解説に立つ。
「こちらは、操者の癖を自動的に調整する“適応型双短剣《双燈》”。そしてこちらが、受け流しと弾性反射を両立する楕円型盾《輪環》です」
フェンとグリトが実演を始めると、観客の視線が集まり始める。
「装備者の握り癖を検知して……あ、あっちで見てください、柄の部分が変わった!」
「盾が……え、斜めに受けたのに衝撃が流れた!?」
審査官の一人が目を細めた。
「だが、爆発する剣のような派手さはないな」
「派手さは売れ筋かもしれないが、実戦で使えるのは後者だろう」
評価が割れている――だが、オリンは焦らなかった。
彼らは、火に嘘をつかず、ただ正直に“戦える武具”を作っただけだった。
◆
その日の夜、結果発表。
審査官が最後に読み上げたのは――
「……“総合評価部門”優勝は、鍛冶工房」
一瞬の静寂。そして――
「やったあああああああああああ!!」
フェンが叫び、ライラとグリトが跳ねるように喜び、サーシャが涙ぐみながら拳を握る。
オリンは黙って、空を見上げた。
夜空の向こう、火のように輝く星のひとつに、かつての“工房の仲間たち”を想った。
ヴォルグの姿は、観客の中にはなかったが――その背中は、どこかで見てくれていた気がした。
「……火は、まだ燃えている」
小さく呟くオリンに、サーシャがそっと囁いた。
「これからですよ、先生。まだ、伝えるべき火は、たくさんある」
オリンは、ほんのわずかに――笑った。




