第27話「焼け跡に残る誓い」
王都の夜は静かだった。
鍛冶大会二次競技の混乱から数時間後。
工房宿舎の片隅にある一室で、オリンたちはグリトの手当てを終え、黙って座っていた。
フェンもライラも、あの“すり替え”の出来事をどう受け止めていいか分からず、言葉を探していた。
「俺が……もっとちゃんと確認してれば……」
フェンが膝を抱えるように座り、呟く。
「装置を任されたのは俺なのに、なんで……」
ライラが隣でそっと背中を撫でる。
「フェンのせいじゃない。だって、すり替えは搬入段階で行われたって、先生が言ってた」
「でも……!」
「やめとけ」
オリンの声が低く、重く響く。
全員の視線が自然と集まった。
「“もし”は鍛冶にはない。火の前で振り返っても、刃は折れるだけだ」
その言葉に、空気が張り詰めた。だが、オリンは続ける。
「お前たちは、正しく作った。誰よりも誠実に、真っ直ぐに火を見ていた」
言葉を切りながら、オリンは静かにグリトの包帯に目をやった。
「その証拠に、命は守られた」
フェンがはっと顔を上げる。
ライラも、そっと拳を握った。
サーシャが台所から湯を運びながら言った。
「運営側も、今回の事故は“外的介入の疑いが高い”って認めてたわ。正式な審査結果は保留になったけど、私たちの装備は“最も創造的な設計”として注目されてる。……信じようよ。ちゃんと見てる人は見てる」
「それに……」
グリトが、笑いながら言葉を継いだ。
「火傷も、痛かったけど……あの時、フェンがすぐに助けてくれた。あれがなかったら、俺、指を失ってたかも」
「っ……あ、当たり前だろ! 仲間を放っておけるかよ!」
顔を赤らめて叫ぶフェンに、ライラも少し笑った。
「バカ正直なとこ、嫌いじゃないけどさ……心配させんなよ」
「そっちこそ……!」
子どもたちの間に、少しずつ戻ってくる空気。
その様子を、オリンは静かに見守っていた。
そして――。
「おい。起きてるか」
夜が更けた頃、オリンはそっと工房の裏口を開け、ひとりの影に声をかけた。
そこには、ヴォルグがいた。
仮面を外したまま、鍛冶場の外れに座っていた。
傍らには、火の入っていない小炉が置かれていた。
「見ていたんだろう。あの騒ぎを」
「……ああ」
ヴォルグは頷いた。
「灰狐商会の手口だ。やつらは表沙汰にはしないが、裏で“技術の主導権”を握ろうと、汚い手を使う。オマエの工房は、目をつけられた」
「分かってる」
「このまま続ければ、次は誰かが本当に命を落とす。弟子たちを守るなら、大会を――」
「やめない」
オリンの返答は、短く鋭かった。
「俺たちの火は、一度灯ったら簡単には消えない。弟子たちが、もう後戻りしないと決めた。なら、俺もその背中に責任を持つ」
ヴォルグはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……そうか。なら、せめて忠告だけはしておく。次の競技には、“偽の評価者”が紛れている」
「評価者?」
「ああ。灰狐の連中が送り込んだ、名ばかりの審査官だ。技術も倫理もない連中だが、票を動かせる」
「……つまり、次の評価はフェアじゃない可能性が高い、ということか」
「そうだ。オマエの“正しさ”は通らないかもしれない。それでもやるのか?」
オリンは短く答えた。
「正しさは通すものじゃない。“貫く”ものだ」
その言葉に、ヴォルグは目を細めた。
「……火の前では、嘘をつけないか」
「当然だ」
二人の間に、短くも熱い静寂が流れた。
やがて、ヴォルグは立ち上がる。
「次の競技まで、二日ある。……もし、どうしても抗えないと感じたら――呼べ」
「お前をか?」
「俺も、“火の道”を捨てたくはないからな」
そう言って、ヴォルグは夜の闇に消えた。
その背を見送りながら、オリンは火の気配を感じた。
まだ消えていない。確かに燃えている。弟子たちの想い、仲間たちの意志、そして――
自分の、かつて失いかけた信念が。
「……行くぞ。最終競技へ」
次の舞台は、灰狐商会の本拠地が影響力を持つ――王都最深部。
工房《灰焔》との、決戦が始まる。




