第23話「仮面の刃、試される信念」
夜明けの光が、エルムの村を静かに照らしていた。
襲撃から一夜明けて、村の空気には安堵と疲労が同居していた。
焔の手工房――いや、いまや《ギルド・ハルド》と名乗る工房の弟子たちは、それぞれに役目を終えて眠っていた。フェンは村の門近くで半ば倒れるように横になり、ライラは自分が鍛えた盾の前に寄りかかるように座っていた。グリトは補助装置の修理を終えた後、炉のそばでそのまま寝入っていた。
だが、オリン・ハルドは眠らなかった。
彼は村のはずれ、小高い丘に立ち、月がまだ残る空を見つめていた。
「……来るな」
風に紛れて、誰かの気配がした。重みのある足音。だが、歩調は静かだ。
現れたのは、長い黒髪と狐面をまとった男だった。灰狐商会――その幹部格、《銀の牙》ヴォルグ。
「久しいな、オリン・ハルド。まだ村鍛冶なんぞやっていたとは、驚きだ」
「灰狐の牙が、こんな辺境に来る理由は一つしかない」
ヴォルグは笑みを浮かべ、仮面の奥から鋭い視線を向けた。
「我らが用意した“問題”を、あの小さな弟子たちが捌いたと聞いた。――お見事。だが、これは試練ではない。“宣戦布告”だよ」
「試すような真似をしておいて、今さら何を言う」
「君が、もう鍛冶師として牙を抜かれた男であるなら、それでもよかった。だが――」
ヴォルグは、懐から短剣を取り出した。刃に刻まれたのは、かつてオリンが設計した“対獣装甲破断”の刻印。
「君の火はまだ消えていない。……それが問題なんだよ」
オリンは黙ってその刃を見つめた。
「おまえたち灰狐商会は、火を“奪う”ために使っている。それが許せない」
「ふむ、そうか。ならば……」
ヴォルグは短剣を投げ捨てた。土に突き刺さり、刃がかすかに震えた。
「その火で、我々を焼き尽くしてみせるがいい。だが、君の弟子たちは――果たして火を制御できるのか?」
挑発の言葉を残し、ヴォルグは霧の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
数日後。ギルド・ハルド一行は、エルム村を後にしていた。
村人たちは手を振り、子どもたちは駆け出して弟子たちに花冠を渡してきた。
「また来てね、鍛冶のおにいちゃんたち!」
「うん……絶対、また来るよ!」
フェンが照れ隠しのように答えると、村長のアルデンが深く頭を下げた。
「あなた方は、王都のどの騎士団よりも頼もしかった。心から感謝します」
オリンは軽く会釈し、弟子たちに目を向けた。
「いいか、これが“信頼”だ。火は武器だけでなく、人の心も鍛える」
弟子たちは、確かにうなずいた。
◇ ◇ ◇
王都に戻る途中、馬車の中でグリトがぽつりと話した。
「なあ、オリン……俺たちってさ、ただの鍛冶工房じゃないよな?」
「そうだな。もう、ただの“作るだけの場所”ではない」
オリンの声には、確かな決意があった。
「これからもっと難しい依頼が来るだろう。貴族、商会、軍。だが、火を見ろ。“火の前では、誰も偽れない”。その教えを忘れるな」
「火を見ろ、か……」フェンがつぶやいた。
「――その火で、俺たちの道を照らす」
◇ ◇ ◇
一方その頃、王都の奥深く。灰狐商会の本拠地。
仮面を外したヴォルグが、冷たい石造りの会議室で報告していた。
「ハルドの炎は、健在でした。そして……弟子たちも成長している」
「それがどうした?」
薄暗い空間の奥で、別の男が静かに言った。彼の顔は見えないが、指には金色の王家印章があった。
「次は、“大会”だ。そこで潰す。あの工房が王都に根を張る前にな」
灰狐商会と、王家の影。
鍛冶大会――それが、次なる火種となる。




